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    <title>チョン・ヨンスンの「ぽけっとジャーナル」</title>
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    <updated>2011-01-29T00:07:15Z</updated>
    
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    <title>「女性風刺マンガ家―チョン・インキョン展」：鄭容順</title>
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    <published>2011-01-28T23:21:27Z</published>
    <updated>2011-01-29T00:07:15Z</updated>

    <summary>―朝日２１関西スクエア「チョン・インキョンの眼」掲載３周年―...</summary>
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        <name>chung</name>
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        <![CDATA[<p>―朝日２１関西スクエア「チョン・インキョンの眼」掲載３周年―</p>]]>
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.journalist-net.com/chung/chung-chung-inkyon1-26.jpg"><img alt="chung-chung-inkyon1-26.jpg" src="http://www.journalist-net.com/chung/assets_c/2011/01/chung-chung-inkyon1-26-thumb-200x294-118.jpg" width="200" height="294" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p>朝日２１『関西スクエア』に掲載された３年間の作品の展示会が開催されます。<br />
「まったくホラ話でもない話」を１コマ漫画にしてチョン・インキョン作の風刺漫画約５０点が展示されます。</p>

<p>日　　時：２０１１年２月７日（月）～１７日（木）<br />
　　　　　１０時～１８時、但し１１日（金）、１２日（土）、１３日（日）は<br />
　　　　　休館。最終日は１５時まで。<br />
場　　所：朝日新聞大阪本社１階　アサヒコムホール<br />
　　　　　（大阪市北区中之島３―２―４　電話０６―６２０１―８０３４）</p>

<p><br />
鄭仁敬さん（チョンニンキョン）さんは韓国ソウル生まれ。韓国の大学を卒業して京都精華大学に留学してマンガ科で学び大学院を卒業した。日本で暮らして１０数年、マンガを描きたくて日本の大学に進んだ。現在の肩書きは芸術博士、京都精華大学非常勤講師、韓国ソウルの明洞より京都四条を歩いた時間が長くなった。韓国人の目から見た日本社会の世相、また南北分断国家の世襲交代など少し辛口にして１コマ漫画で表現。今回もそうした作品が展示されます。世界から見た各国も表現しています。<br />
受賞歴は日本漫画家協会特別賞、日本ジャーナリスト協会賞黒田清ＪＣＪ新人賞、京都市芸術新人賞、京都国際マンガ展グランプリ、コバウマンガ賞特別賞（韓国）など。著書「コバウおじさん知っていますか」「朝鮮戦争スケッチ」（キム　ソンファ画、チョン・インキョン訳）<br />
</p>]]>
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    <title>メデイアウオッチング「書くべきか否か、自分との格闘」：鄭容順</title>
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    <published>2011-01-17T22:51:24Z</published>
    <updated>2011-01-18T07:35:05Z</updated>

    <summary>―記者の使命はどこまでなのか―...</summary>
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        <name>chung</name>
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        <![CDATA[<p>―記者の使命はどこまでなのか―</p>]]>
        <![CDATA[<p>産経新聞の２０１１年１月７日付けの記事「わたしの記者時代」で政治評論家・三宅久之さんの「書くべきか否か　自問自答し」の見出しで特ダネの情報を握ったとしてもそれを発表してもいいのか。長年の記者生活の中で書く使命の職業としながらも書けないこともあると自身の葛藤が記されていた。<br />
どの記者も１度や２度、遭遇する体験、記者会見などで得た情報は他社の新聞社にも情報が行き届いているので書く材料はたいてい同じだが後は記者が周辺取材をしているか、しないで記事の深みが違ってくる。また裏で情報をつかむ時もある。果たしてこのときはどうするのか。</p>

<p>筆者はメデイアのつながりを「月刊奈良」編集局の雑誌記者時代に学ぶ体験をした。<br />
当時は奈良新聞社の関連企業だったので新聞に書けない記事は雑誌で書いていく。奈良新聞と連携した作業は記事の質に合わせて新聞記事か、雑誌記事か。読者層と営業を考えての記事公表だった。特ダネを握る新聞記者、そこはじっと温めて雑誌でスクープして書いていた。新聞記事で特ダネが出ると雑誌ではまたその裏を掘り下げて書いた。雑誌記者になりたての筆者はベテラン記者の記事の扱い方、書き方、次の段階は営業にしていく仕事の方法を真のあたりにして見てきた。これが雑誌と新聞の連携だと思い知った。</p>

<p>縁があって在日韓国人の新聞社の記者になった。<br />
仕事に慣れてくると情報があれやこれと入ってくる。もちろんオフレコもある。いかにそれを自分の中で整理していくのか。情報を下さった人がオフレコであれば約束を守らないといけない。<br />
筆者は小心者で恐れ多いことが前に立ちはだかると対応しきれない自分の能力を考えてオフレコの情報は記事にすることなくこれまで来ることができた。<br />
その中で今でも印象に残っているものがある。</p>

<p>韓国系の民族学校は大阪市内に２校ある。１校は現在、学校法人金剛学園で大阪市住之江区南港に移転して学校運営は順調に行われている。<br />
以前は大阪市西成区梅南にあった。１９９０年代から金剛学園は大阪市都市計画開発事業で立ち退き問題が浮上、代替地に移転をしなければならなかった。もう１校の韓国系民族学校は現在も大阪市住吉区にある学校法人・白頭学院建国学校である。<br />
歴史的に古いのは金剛学園、一方の建国学園は創設当時、在日同胞を思想問わず受け入れたので生徒数が多い。日本の私学学校の同等教育という申請で一条校認可も早かった。双方とも学校教育で必要な一条校認可校、日本では外国人学校で一条校認可校は韓国系民族学校として創設された京都国際学園を含めて３校だけである。現在は日本人生徒も多く入学しているので国際学校の取り組みが行われている。</p>

<p>１９９０年代後半、いよいよ金剛学園は移転に向けて動き出した。<br />
代替地を探し出した。在日韓国人の不動産関係者も水面下で動き出した。<br />
そして一方の建国学校の関係者も動き出した。在日本大韓民国民団大阪本部に幹部たちが多く在籍しているので韓国系民族学校として周囲では有利な立場にあった。<br />
そこで筆者にも建国側の味方につかせる人が出てきた。ある人を通して何がしののものが動いた。筆者はひと目でその中味が分かったのでその場でつき返した。意味のないものは受け取らないのが新聞記者としての筆者自身の取り決めだった。<br />
そのうちに京都国際学校の関係者も含めて金剛学園の移転問題が韓国政府機関の建物で議論が行われた。表向きは話し合いだが本当の理由は金剛学園の代替地に建国学校を統合させていく戦略に入っていた。<br />
筆者は関係者に客観的立場に見て何度も「統合させてはならない。一条校は増やしても減らしてはいけない」と持論をつきつけてきた。日本人の中もそうだが在日韓国人の報道の中も同じで見えない権力が動く。だから記者は客観的な目を養うことにつきる。統合させて金剛学園を吸収して結局は民団大阪本部の幹部が多い建国学校出身者たちの意のままになっていくと見てとれた。<br />
様々な人たちの戦略が見えてくる。<br />
取材活動で移転問題の裏で動く人たちの情報が入ってくる。<br />
しかし公に発表ができない。裏情報は記事にしたいほど卑劣なこともあった。筆者のできることは韓国政府関係者や金融機関関係者には真正面から統合反対を口にすることだった。<br />
何度も裏で潜在するそれぞれの人たちの行動に記事にしたいくらいの憤りを持ったことか。<br />
しかし金剛学園の教師そして保護者や卒業生たちが一体となって真摯に学校保存と移転に向けて取り組む姿に記事にすることができなかった。関係者の約束を守らないといけない。このことが筆者の心の中で封印することができた。</p>

<p>ある日、建国学校出身の他社の新聞記者が「オフレコ」と言われていた情報、建国学校と金剛学園は統合する、しないというややあいまいな記事をトップ記事で掲載された。もちろん大きい波紋が広がった。<br />
これに対して筆者が所属する新聞社の編集局から筆者に問い合わせが来る。「○○新聞社は記事にしているのに記事にできないのか」と。筆者は「まだ書いてはいけないというのが関係者の話です。約束は守らないとこれから情報を教えてもらえなくなります」と言った。やっと理解してもらえて記事にしなくてすんだ。未来の行方を見て今、書く段階でないと判断した。</p>

<p>筆者は「統合する。統合すれば学校支援をする」と言う言葉を周囲の双方の学校関係者から何度も聞いた。<br />
そんな雑音の中で金剛学園の関係者に何度もあって情報収集をした。金剛学園の関係者は口を揃えて言った。「一条校を増やしても減らしてはいけない。双方は違う特色のある学校です。統合を考えるほうが間違いです。教育は営利目的ではない。まだ記事にしないで下さい」と何度も言われた。<br />
紆余曲折の中で２００６年に入ると、ようやく一筋の光、大阪市南港に移転する兆しが見えてきた。それでも金剛学園の関係者は「まだ記事にしないで下さい」と言うことだった。何度も編集局とのやりとりがあったが筆者は金剛学園の関係者が金剛学園を守る一途な姿に「オフレコ」と言われている間は記事にしなかった。<br />
そして２００７年９月１日に大阪市住之江区南港に移転することが決まった７月、ようやく新校舎移転の記事として新聞記事にトップで掲載することができた。記者としての役割を守り通した。建国学校関係者には評判を悪くしたかもしれないが金剛学園の関係者とはいつのまにか信頼関係が生まれていた。<br />
正しい目で着眼していく。そして権力に動じないということをまた私は金剛学園移転問題で改めて認識をした。</p>

<p>筆者自身、客観的な目から見て判断した金剛学園移転問題、今考えてもぞっとするのはあの何がしのものが入っていた封筒、封筒の中を確認しないでその場でつき返した。直感だった。こんなもの受け取ってはいけない。後日、その人は「真面目なのは分かるが」と言って怒っておられたが怒られてもこの方が正しかったと心の中で自負していた。<br />
記者生活を長いことしていると権力社会に呑み込まれそうになる。<br />
しかし筆者は「ありのままに書くこと」が記者の役目と筆者の持論だった。けっして膨らましの記事やあいまいなことは書いてはいけない。周辺の都合に踊らされてはいけない。このことにもたえず神経を使ってきた。この教えは「月刊奈良」編集局で培ったもの。今は亡き編集局長が筆者を記者に育成しようとしていたのだろう。「意味のないものは絶対に受け取らない」「記事はみたままありののまに書くこと」ことだった。これが後に私の財産になった。<br />
「オフレコ」の情報も幾多もあったが月日が経つと「オフレコ」も表面に浮上していた。しかし筆者は一切、後悔していない。約束を守ったということは信頼関係に繋がっている。<br />
「オフレコ」といわれた記事を書いた他者の新聞記者はすでに退職して久しくなっている。金剛学園の新校舎は大阪湾に面して海に外国船が運航、国際教育の環境にある。<br />
金剛学園の移転問題でどれだけの人が傷つきどれだけの人が泣いたか。どれだけの人が策略と真実の間で心が揺れ動いたのか。<br />
それでもこの裏側が書けなかった。沈黙を通した。記者は時にはこんなことを積み重ねていく。そして何が必要で必要でないのか。今か後日の公表かを訓練して積み重ねていく。<br />
移転問題で揺れ動いた２校とも在日韓国人の学校で一条校認可校、将来の人材を育成する学校で残すことはしても潰してはならない。報道という使命感に時には悲しくも時には辛くさせた。その技は記者にかかっていると三宅久之さんの記者時代を読んでメデイアのあり方を考えた。<br />
</p>]]>
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    <title>新春高座―「笑福亭銀瓶の案内」：鄭容順</title>
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    <published>2011-01-03T01:56:22Z</published>
    <updated>2011-01-03T01:58:51Z</updated>

    <summary>「あけましておめでとうございます。昨年はたくさんの応援、ありがとうございました。...</summary>
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        <name>chung</name>
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        <![CDATA[<p>「あけましておめでとうございます。昨年はたくさんの応援、ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。 新年最初の落語会のお知らせです。ぜひお越し下さいませ」（笑福亭銀瓶の新春の挨拶）</p>]]>
        <![CDATA[<p> ◇一門の大吟醸＊銀瓶のブログを見たと言えば前売り扱いになります。<br />
と　き：１月５日（水）午後６時３０分開演（６時開場）<br />
ところ：繁昌亭（０６－６３５２－４８７４）<br />
出　演：笑福亭純瓶、笑福亭銀瓶、笑福亭瓶二、笑福亭由瓶、笑福亭鉄瓶<br />
木戸銭：前売り２０００円、当日２５００円（全席自由）</p>

<p> ◇じー・らぶ寄席＊僕は出ません。代わりに由瓶さんが担当です。<br />
と　き：２月６日（日）午後５時開演（４時開場）<br />
ところ：ベースボール・バー「ジー・ラブ」（０７９８－４７－１５１５）<br />
◎阪神・甲子園駅下車、南へ徒歩８分。<br />
出　演：笑福亭由瓶「阿弥陀池」「試し酒」、桂歌之助「お楽しみ」<br />
木戸銭：２０００円（ウェルカムドリンク付）<br />
ご予約：ジーラブ（０７９８－４７－１５１５）◎午後７時以降<br />
メール予約　rakugo@g-love-koshien.com</p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>メデイア・ウォッチング「市川海老蔵」暴行事件：鄭容順</title>
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    <published>2010-12-13T22:20:06Z</published>
    <updated>2010-12-13T22:21:48Z</updated>

    <summary>―市川海老蔵を出席しての緊急記者会見に思う― １２月７日の夕方、テレビのワイド番...</summary>
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        <name>chung</name>
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        <![CDATA[<p>―市川海老蔵を出席しての緊急記者会見に思う―</p>

<p>１２月７日の夕方、テレビのワイド番組で午後８時に「市川海老蔵の緊急記者会見」が行われると予告をしていた。<br />
８時といえばニュース番組ではない。歌にバライテイーという番組である。そして８時からＮＨＫの番組を見ていると「市川海老蔵の公演、無期限に見合わせる」と番組が始まってテロップがすぐ画面に流れ、記者会見が行われていることはわかった。<br />
９時のニュース番組を見ようとＮＨＫのチャンネルにしていると９時前にニュースキャスターは「市川海老蔵の記者会見は９時のニュースウォッチングでお知らせします」と言う。<br />
９時のニュースのトップニュースは芸能人、それも日本伝統の歌舞伎役者に重きを置いたのか一般市民から見ると異例の長い時間の放送になった。</p>

<p>会見の様子は「暴行事件」に関する質問内容に集中していた。<br />
１１月２４日から２５日にかけて東京都西麻布で何を起きていたのか。奈良県奈良市内に住んでいると高層ビルに飲食街が入居しているビルは想像できない。せいぜい４・５階程度のビルをである。<br />
東京の飲食街の環境、アルコール漬けのビルに筆者は驚いた。<br />
東京ではそうした飲食街は普通だろう。しかし素人の筆者から見ればアルコールが入るとその人、その人による酒の飲み方の癖が出てくる。アルコールは暴力の呼び水と思っている。<br />
飲む人たちのおよそはほろ酔い加減を好んでいる。付き合いで飲んでいる人には正気で飲んでいる人もいるが大体はほろ酔い加減が好きで飲んでいる。<br />
飲む人たちは飲んでいるとその適量を越しているときがあるだろう。</p>

<p>市川海老蔵が記者会見で話されたが飲んでいる酒の量と価格高の酒の種類に驚いた。<br />
東京は眠らない町とは聞いていたが朝の明け方まで店を開けているところが多いということも今回の事件でそれは事実だということを知った。<br />
それでも一般市民は明け方まで空けている店になんの違和感もなかったのだろうか。関西圏ではたいてい夜１２時過ぎれば店は閉店していくと思っている。<br />
法規制は関西圏と東京都とは違うのだろうか。<br />
今回の不祥事、本人の自覚もあるが朝まで開店している飲み屋街、一般市民は翌日の仕事もあるので明け方まで飲んでいる人は少ないだろう。たいてい夜中に自宅にもどっている。</p>

<p>ということで今回の事件で芸能人の不規則な生活を垣間みることになった。また犯罪の罠にはまりやすい芸能界の人脈や交友関係にも問題だと思った。<br />
けっして市川海老蔵だけでない。新聞報道によると相撲界などもこうした暴行事件を起こしている。特殊な技能で仕事する人や芸能界の人たちが多く利用していることは芸能界にはびこる深く暗い根っこの交友関係、これを手繰り寄せて根っこから調査しないと芸能人や相撲界などの暴力事件やその他の不祥事はなくならいと考えている。<br />
芸能人のしていることはいいことだと一般の若者たちはそう思ってしまう。<br />
最初は好奇心でその世界に足を踏み入れていく。それが何か知らない罠にはまって身動きがとれなくなって犯罪に手を染めていくという闇の世界があると考えた。</p>

<p>週刊誌「サンデー毎日」１２月１９日号の紙面には「警視庁がにらむ六本木地下人脈」の見出しで暴行が行われた店の店長そしてビルオーナーの人脈の概要が書かれていた。このビルは警視庁も捜査線上に入っているという。<br />
来日外国人や繁華街に巣くう外国人マフィアグループも水面下にあると見ていることもあって店の関係者に捜査協力がしているが協力が得られない。麻布、六本木の裏社会に詳しいグループにもパイプがあると解説している。やはり違法ビジネスが潜在している「犯罪集団」、違法薬物の売買にオレオレ振込み詐欺など闇の経済がこの町に潜んでいると見ている。</p>

<p>警視庁は市川海老蔵の暴行事件をきっかけに潜伏している犯罪組織は徹底して調査して世間にあぶりださなければならない。<br />
今や日本は若者たちの就職難である。失職した若者たちがこの界隈に入らないとは限らない。市川海老蔵は自ら招いた不祥事だったが自らを世間にさらけだして東京の夜の街、闇夜があることを世間に知らせてくれた。<br />
これを機会に警視庁のたゆまないローラー作戦で東京の闇社会、水面下の犯罪組織を表面に出してもらいたいものだ。</p>

<p>捜査段階では元暴走族が暴行したということで身柄はやっと１２月１０日、容疑者の出頭で拘束された。殴ったという容疑者だがその正体を明かさない。またその場所にいた仲間たちと何の約束があるのか仲間たちのことも話さない。<br />
「日刊ゲンダイ」の１２月１４日付けの記事の見出しに「核心部分の供述ナシ―『沈黙』のウラに何があるのか」が気になる。ぜひこの機会に闇の世界を明るみにしてもらいたい。</p>]]>
        
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    <title>メデイア・ウオッチング「１０月８日平城遷都１３００年祝典・天皇の言葉」：鄭容順</title>
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    <published>2010-10-25T22:18:00Z</published>
    <updated>2010-10-27T04:36:38Z</updated>

    <summary>　奈良市佐紀町の平城宮跡で「平城遷都１３００年祭」が今年１月１日から開催されてい...</summary>
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        <name>chung</name>
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        <category term="メディア・ウオッチンブ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.journalist-net.com/chung/">
        <![CDATA[<p>　奈良市佐紀町の平城宮跡で「平城遷都１３００年祭」が今年１月１日から開催されている。１０月８日は同祭のメインで祝典行事、天皇・皇后両陛下を７日から１０日まで奈良にお迎えして開かれた。</p>]]>
        <![CDATA[<p>日本と韓国・中国の渡来人の伝承によって奈良の都から日本が形成されたことから日本、韓国、中国の３カ国の子どもたち約６０人が参加して一緒に歌を歌い「平城・アジア友好の架け橋」は３カ国で歌垣を披露して友好を深める行事になった。<br />
　歌垣には韓国からは国際学校としてのカリキュラムを実施している韓国系民族学校「金剛学園」の児童１４人、日本は奈良市内で活動する「まつぼっくり少年少女合唱団」、中国は大東市立灰塚小学校の中国籍児童が参加した。</p>

<p>　１０月９日付の朝刊の新聞、奈良版では紙面を割いての掲載になった。<br />
　筆者は３紙購読しているので３紙から新聞記事を通して天皇陛下の言葉に注目をした。<br />
　祝典には各新聞とも天皇の挨拶が大きく取り上げられ「平城京は私の父祖の地としての深いゆかりを感じています」とし、遣隋使や遣唐使については「船の遭難は多く危険を冒して我が国のために力を尽くした人々によって、さまざまな発展がもたらされたことに思いを致すとき深い感銘を覚えます」としている。産経新聞も同じような内容でとどまっている。</p>

<p>　しかし朝日新聞は「天皇陛下の『おことば』要旨は以下の通り」として見出しは「父祖の地深いゆかり」にして全文を掲載。「平城遷都１３００年記念祝典が国内外から多くの人々の参加を得て奈良の平城宮跡で開催されることを誠に喜ばしく思っています。</p>

<p>　奈良時代、我が国は様々な分野で大きい発展を遂げました。古事記や日本書記が完成し、万葉集もこの時代に作られ今日も多くの人々が愛読しています。<br />
　復元された大極殿を見るとき、かつての平城京のたたずまいに思いを深くします。平城京について私は父祖の地としての深いゆかりを感じます。平城京に在位した光仁天皇と結ばれ、次の桓武天皇の生母となった高野新笠は、続日本書紀によれば百済の武寧王を始祖とする渡来人の子孫とされています。我が国の文化や技術の発展に大きく寄与してきました。遣唐使の派遣は我が国の人々が唐の文化にじかに触れる機会を与えました。遷都１３００年をことほぐとともに我が国の古くから伝わる文化を育ててきた奈良の人々の幸せを祈ります」</p>

<p>　この挨拶の言葉は５分、５分の挨拶の中に韓国との関係を多く盛り込まれた。<br />
　毎日や読売新聞を購読していないのでどのように報道されているのか分からないが３紙を通して筆者は思ったことは奈良新聞にしても天皇の挨拶をしている顔写真など多く掲載されているものの、なぜか天皇陛下の言葉は短い紙面になっていた。産経新聞も他の事が多く紙面を割いていた。</p>

<p>　中国や韓国など５４カ国の大使らが参加した平城宮跡での祝典に参加したのは１７００人、同祝典に参加した金剛学園理事長の金漢翊さんと邵元柱校長は天皇陛下の言葉に感想を述べている。「５分間の挨拶に論語や仏教など百済が伝えて日本文化の形成のことや、自分の父祖のことを話されました。もうこの言葉に感動しました。在日韓国人として日本人の歴史認識が変わることを願っています」とし、邵元柱校長は「天皇陛下の挨拶に自分の祖先は百済だと何度も話された。百済から論語や仏教が伝えられて現在の日本を作ったという話に感動して聞いていました」</p>

<p>　また行政関係者は「新聞記事の中に天皇陛下の言葉をほとんどの新聞が掲載していませんでした。どうして天皇陛下の言葉の全文を掲載しなかったのでしょうか。そして以前、天皇陛下が自分の子孫は百済という言葉を使って韓国から政府要人を迎えたときに話されました。そのときはメデイアが一斉に取り上げて批判しました。今回は天皇陛下の言葉の内容に報道関係は何も言わないのです。静かなものです。これは事前に天皇陛下の言葉について報道関係機関と何かの取り決めができて了解していると考えていますが鄭さんはどう思いますか」と筆者に尋ねたが天皇陛下や宮内庁のことは何も分からないが次のように答えた。<br />
　「天皇陛下が日ごろから思っておられる信念にひとすじの道を引かれてマスメディアにも説明されていると思っている。私の浅学非才の考えかもしれません。今は皆さん、静かにしていますが行事が終わると天皇陛下の言葉も忘れて日本で暮らす在日コリアンに偏見が持たれると思います」</p>

<p>　１３００年前に日本の都があった平城京での祝典、筆者は地元で平城宮跡は直に触れてきたが他の地域に住んでいる人たちは天皇陛下の言葉にそれぞれに去来する何かがあったと考えている。</p>]]>
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