'."\n" ?> 「寄稿」:夜間中学その日その日 (154):   守口夜間中学  白井善吾
「寄稿」

2010年12月21日

夜間中学その日その日 (154):   守口夜間中学  白井善吾

全国夜間中学生「自主交流会」開催
2010年12月2日~3日、東京都江戸川区立小松川第二中学校を会場に、第56回全国夜間中学校研究大会が開催された。

公立の夜間中学だけでなく、自主夜間中学から教職員、スタッフ、学習者そして夜間中学をテーマに研究している大学生、研究者などの参加があった。
研究討議に学習者の願いをどう生かすか、全体会で夜間中学生が体験発表を行い、分科会でも夜間中学生が発言を行なっている。関西から参加した16人の夜間中学生は二日目の午後、夜間中学生による自主交流会を呼びかけ、札幌の自主夜間中学、北九州の自主夜間中学、そして小松川二中の夜間中学生、あわせて30人が交流会に参加、話し合いを行なった。
車座に椅子を並べ、参加者が、喋らずにジェスチャーで相手に伝え、誕生日順に座っていくゲームで一気に親密になり、自己紹介で話し合いを開始した。
両親が移民で行ったペルーで生まれ、50歳のとき、日本に戻り、夜間中学に入学するまでの人生と学ぶ喜びを語った。就学援助、補食給食復活の闘いの様子を紙芝居で参加者に紹介したのは太平寺の夜間中学生。署名活動にとりくんだこと、「夜間中学を守るため、力を合わせがんばりましょう」と語った。
「昨日の学校訪問でいただいた給食大変おいしかった。うらやましかった。無料だと聞いてびっくりした」を受け、「福祉に力を入れている江戸川区だからです」と東京の夜間中学生5人も語り始めた。
「5年間学んでもう卒業したが、夜間中学の中にもいじめがある。先生にそのことを訴えても、十分取り合ってくれなかった」「今日も交流会があると聞いてやってきたが、通っていた頃の先生は誰もいない」
「学校の中で国籍が違うだけで、避ける日本人がいる。人と人でないか。まったくおかしい」
「日本語は言葉の中で一番難しい。読み方がいっぱいある」。この発言に、うなずく夜間中学生も何人かあった。
札幌遠友塾自主夜間中学から3人が参加、発言に加わった。「17年活動続けている。私たちの教室が欲しいと運動を続け、昼の中学校の教室が使えるようになった」「北海道に4校の自主夜間中学があるが、週1回、数学、国語、社会、英語などを勉強している。給食はありません」「看板が読め、世界が広がった」「遠友塾を卒業した後、スタッフとして指導者となって活動に参加しています」
北九州市の穴生(あのう)自主夜間中学の参加もあった。「昼の学校の図書室で4日、公民館で1日学習しています」「昼は働き、夜はボランティアで参加している先生たちに支えられ活動しています」
「社会の変化が一番最初にやってくるのが夜間中学。昨日登校できていたが、次の日は登校できない。しばらくたって登校して聞いたら、仕事がなくなったと」「人間死ぬまで勉強です」
このように話はどんどんつながっていった。予定の時間15時が来て、交流会を終えた。
全国の夜間中学生同士の話し合いを要求して実現した今回の「夜間中学生の集い」であるが。2年後の関東での大会では開催要項に明示して開催できることをお願いしたい。

2010年12月21日 07:21

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コメント(1)

東京都では国民健康保険でも年数万円安いところがあるそうだ。
 大阪市は潤沢だが大阪府は苦しい。大坂都構想実現で東京都に少しでも追いつくという橋下大阪府知事を見直そう!

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