2011年1月 1日
コラム「風」 年初はこころ安らかに詩を読もう:今西富幸
昨年は失望に継ぐ失望の1年だった。
お育ちのよい母上から年間数千万円のおこずかいを平然ともらっていた"おぼっちゃま首相"の退陣に胸をなで下ろしたのもつかのま、後任の"市民派首相"にも正直、失望させられた。かつてHIV(エイズウイルス)禍で厚労省の旧弊に風穴を空けた手腕を高く評価していただけに、結局、この国はだれが首相を務めても同じなのかという諦念にとらわれているのが現在の心境だ。党の政策への不信を"政治と金の問題"にすり替えた現執行部はすでに末期症状を呈している。こうなれば、もう捨て鉢になって、あの"政治と金の問題"の渦中にいる当のご本人、つまり"慶応大学を出た田中角栄氏"に政権を託したいという思いになってしまうのも、無理からぬ道理がある。世論調査で次期首相に"慶応大学を出た田中角栄氏"への政治手腕を求める声が高まっているのがなにより、その証左であろう。しかし、この状況、かつてドイツのヒットラーが万民の拍手でもって政治の表舞台に登場したのと極めて酷似しているように思うのだが、いかがだろうか。
そんななかで、唯一心おだやかになったニュースといえば、柴田トヨさんが出した詩集『くじけないで』が総合ベストセラー1位になったことだ。今年99歳の処女詩集で、産経新聞の「朝の詩」への投稿作品をまとめたものである。詩を読む国民が増えるのはとてもいいことだと思う。詩はその国の心の豊かさを示す尺度でもあるのだから。
さて、私は年頭に大岡信さんの詩を読み返した。大岡さんの若かりし頃、切れば血が出るような作品である。
うたのように2
十六才の夢の中で、私はいつも感じていた。私の眼か
らまっすぐに伸びる春の舗道を。空にかかって、見えな
い無数の羽音に充ちて、舗道は海まで一面の空色のなか
を伸びていった。恋人たちは並木の梢に腰かけて、白い
帽子を編んでいた。風が綿毛を散らしていた。
十六才の夢の中で、私は自由に溶けていた。真昼の空
に、私は生きた水中花だった。やさしい牝馬の瞳をした
年上の娘は南へ行った。彼女の手紙は水蓮の香と潮の匂
をのせてきた。小麦色した動物たちは、私の牧場で虹を
渡る稽古をつづけた。
私はすべてに「いいえ」と言った。けれどもからだは、
踊りあがって「はい」と叫んだ。
※詩集『記憶と現在』より
2011年1月 1日 00:10
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