'."\n" ?> 片山通夫の「取材手帖」:「ペンの力が必要だ」:片山通夫
片山通夫の「取材手帖」

2010年5月26日

「ペンの力が必要だ」:片山通夫

  夏史邦氏の「李明博政権の対北政策破綻 (全)」を読んだ。何日かして鄭容順氏の反論(?)記事が掲載された。夏氏は新聞社のソウル特派員や編集委員を歴任された、筆者などから見ると、いわゆる「大記者」である。

  一方の鄭氏は、在日韓国人で、民族新聞記者だ。おのずからその立場も経験も所属する環境も違う。彼女がジャーナリスト・ネットで「論争を始めた」点にまず敬意を表したい。夏氏の記事が一方的な「太陽政策擁護記事だ」と鄭氏は断定したかに読めた。「北朝鮮体制の延命をしただけである」と断じたのだ。

  お二人の記事の是非については書かない。ただ筆者の経験を少し書いて見ようという気になったのは、お二人の記事を読んで触発されたからである。

  筆者は、かなり以前、外国の通信社にいた。その時、「北送」と、今言われている「1950年代から84年にかけて行なわれた在日朝鮮人とその家族による日本から朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への集団的な永住帰国」を取材したことがあった。   
 あの時、日本のマスコミはこぞって、この帰国事業を「賞賛に近い表現」で伝えた。例えば朝日新聞の1960年2月26日付にある「北朝鮮帰還三ヵ月の表情 =きょう第十船が出る=希望者ふえる一方 民団側は"韓国視察"で対抗」という記事や、1959年12月24日付産経新聞は「暖かい宿舎や出迎え/第二次帰国船雪の清津入港/細かい心づかいの受け入れ」と書き、1960年1月9日付読売新聞は「北朝鮮へ帰った日本人妻たち『夢のような正月』ほんとうに来てよかった」と手放しの書きようだった。「地上の楽園」という言葉にマスコミ各社は踊らされた。

  筆者もその一人である。「祖国で花開け!夢が実現」という恥かしいほどの表現を使ったように思う。

  しかし結果は周知の通りである。現在、あまりにも悲惨な情報が伝え続けられている。過日筆者は「脱北者」の話を聴く機会に恵まれた。涙ながらに北朝鮮の実情を訴える彼女の言葉にウソはないだろうと感じさせられた。
 しかし結局「闇の世界」の話である。帰国事業にしても、脱北者の証言にしても「裏を取ったことはない」のだ。ここにこの問題の難しさがある。数多いる脱北者たちの証言、アジアプレスインターナショナルの取材などを通して、彼らの証言は事実だろうと思うしかないのだ。

  筆者はサハリンでも同じような内容の話を聴いた。サハリンに住む残留朝鮮人二世の話だ。彼の両親が北朝鮮へ帰国することになった。彼も当然ついてゆくことになる。ちょうど大学へ入る年齢に達していた彼に、北朝鮮領事館(在ハバロフスク)の担当官は「金日成大学に入学させる」と言うので「ノコノコとついて行った」のだった。しかし平壌には住まわせてもらえず、北部の炭鉱町に行かされて両親は炭鉱で働くことになり、彼はその町の専門学校に入ることになったという。ところが炭鉱で事故が起こって、両親が亡くなり、彼は専門学校もやめて「両親の代わり」に炭鉱で働くよう「強く勧められ」炭鉱で働くことにした。しかし「話が違いすぎる」という思いと「こんなところにいることは出来ない」という思いが日増しに強くなり、ある冬の夜、徒歩で何日もかかって豆満江にたどり着き、氷結した川を渡ってソ連に脱走(入国)した。ソ連の官憲に対して必死に「北朝鮮の実情」を話し、サハリンに住む学校時代に世話になった高校の先生に電話してもらって「身元引受人」になってもらい、ようやくサハリンに帰ってきたと話す。サハリン版脱北者の証言である。
  この話も「裏のとれない」話だが、ウソではないと思う。

  筆者は過去10年間に韓国政府が行ってきた、所謂「太陽政策」は鄭氏の書くように「北朝鮮の政権を延命してきただけ」だとは思わない。筆者の知り合いで、済州島のミカン農家の人は「豊作で獲れ過ぎた時、北朝鮮へ届けたことがある」と話す。金大中大統領の時代だ。「ミカンが市民まで届いたかどうかは確認しようがない、しかしミカンで戦争はできんでしょう」と彼が語っていたことを思い出す。
 ミカンは北朝鮮市民に届いたはずだと信じたい。

  その北朝鮮当局は「太陽政策の恩恵」の陰でこの10年間の間に何をしてきたのか。「太陽政策の是非」の判断を下すのはまだ早いという気がするが、「太陽政策」の10年間に北朝鮮は何をしてきたのかじっくりと検証する必要がある。そのための情報を精査する必要がある。

  一方「北送の失敗」は「歴史が判断を下す事のできる」時間がもう十分経っている。現にほころびが目立ってきている。しかし残念なことに、歴史はまだ国際社会に対して確たる判断を下さないで「あいまいな状況」を作り出している一面もある。
 その「あいまいな状況」の下で、今回の韓国軍哨戒艦の事件が起きた。

  朝鮮半島は今や一触即発の危機にあると言っても過言ではない。事件の背景(真相ではない)に迫って、この一触即発の状況を少しでも緩和する必要がある。
 我々は国際世論を喚起する「ペンの力」を駆使して、38度線をめぐる緊張を緩和しなければならない。これが我々にできる唯一の手段なのだ。

  こんな思いで冒頭に述べたお二人の記事を興味深く読ませていただいた。今後とも、この問題に関して、ジャーナリスト・ネット上で論争が巻き起こり、もしくは「新たな情報」を発掘して、政治の影に隠れている歴史が掘り起こされることを望みたい。それがジャーナリストの使命だと確信する。

2010年5月26日 15:46

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コメント(9)

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  • 片山さんがかつて北朝鮮帰国に関して取材されたことがあったことに驚きました。マスコミが状況を作り状況は現実に直視することからさけてきたように思う。幸いにも私は父親の冷静な視点で状況をみて日本で生きる在日コリアン、どちらにも偏らないで生きるのが日本で生きていく道と子どもたちに教えてきた。それが縁があって韓国系民族団体の機関紙の記者になった。在日韓国人としてやりがいのある仕事に気がついたのは大分年月がたってからである。日本の雑誌記者のままだったら在日コリアンの現実を何もしらないで日本の記事をかいていたかと思うともっと私の人生は滑稽なものになっていた。ありのままに生きる。そして日本社会で生きている在日コリアンとして中立思考を養っていく。時には難しい時もあるが人間の幅を広くして偏らないものにしてくれたと思っている。夏さんの築いてきた知的財産は一般大衆に受け入れられて考えていく力を養っていくものにしてもらいたいと願っている。脱北者の話しに北朝鮮から親戚に寄せられる手紙の現実に直視してもらいたいです。

  • 「裏がとりようがない」というのはジャーナリストとして恥ずべき言葉です。「裏がとりようがない」なら語るべきではないし、書くべきではない。事実は「裏はとれるが、その努力を怠っている」と思われても言い訳しようがない。
    タイムマシンで現場検証しない限り全ての事件を立証することなんか不可能です。しかし、状況証拠を積み上げて、さらに自分の視点を入れて勇気をもって「事実だ!」と語ること。これこそがジャーナリストじゃないですか?
    太陽政策は北朝鮮を延命させた一方で北朝鮮住民の「韓国に対する」意識を変えた功罪ある政策です。
    ただ、これだけははっきり断言できるのは太陽政策は「先軍政治」を支え今回の天安艦沈没事件を引き起こした大きな原因の一つです。
    真相も大切です。ねつ造説もあるようですが過去南北の軍事的衝突やテロで韓国のねつ造なんぞ一つもありませんでした。
    一部の年配の左翼系のジャーナリストには韓国に対して「ねつ造説がまかり通る社会」というような先入観があるようですが、民主化してそれなりの発展をとげた韓国や韓国人(私を含む)に対する冒涜です。
    「緊張状態」を緩和することは大切です。それ以前にジャーナリストとして戦争をしかける相手(北朝鮮)に対して「ペン」と「勇気」と「覚悟」で立ち向かうのも必要じゃないでしょうか?
    生意気言って失礼しました。

  • >「裏がとりようがない」というのはジャーナリストとして恥ずべき言葉です。

    まさにその通りです。しかし「証言者が語る言葉」をすべて「裏をとる」事は不可能です。
    そこに「状況証拠の積み重ね」があるわけです。
    残念ながら現在の北朝鮮で「裏をとる」事は不可能に近いのではないかと思います。だから書くべきでないと言うことにはならないと思います。
    「推測」で書くべきではないですが、「推測と状況証拠」の積み重ねは必要だと思います。それが「調査報道」のあり方だとも・・・。

    「ペンと勇気」は良い言葉ですね。肝に銘じます。ありがとうございました。

    • 先ほどは興奮してずいぶん失礼な言い方をしてしまいました。反省しています。言い訳になりますが「生意気な若造がかみついているだけ」と思っていただければ幸いです。
      裏が取りようがないなら書くなというのは暴論ですね。撤回します。おっしゃるとおり状況証拠の積み重ねと推測で書くしかないですが、最後は「覚悟」と思います。何故、興奮してしまったかというと北朝鮮に関しては「裏が取りようがない」のを理由に「逃げる」方が多いからです。もちろん片山さんがそういう方ではないのは先の文章で理解しています。
      独裁国家や人権弾圧国家の内情を伝えるには状況証拠の積み重ねと推測は大切だと思います。そして推測を伝える時に「勇気」と「覚悟」が必要だと思うのです。北朝鮮に限らず独裁国家に対するジャーナリストの外部からの告発にはそういう姿勢が必要だと思うのです。
      失礼しました。

  • こうして数回コメントが繰り返しのる記事は何か問題があったのだと思います。

     片山氏の記事は問題提起的な記事内容だったともいえるのでしょう。

    小生は少年時代から”共和国”のPR誌を定期購読して印刷のひどさに驚きながらも”楽園”宣伝に惑わされていました。ほかに”人民中国”や”今日のソ連邦”を定期購読しました。いずれも大使館の広報誌です。

     当時貧しい日本には社会主義革命が必要だと思っていたのです。

     710年代に入っても勤務する米系の通信社の米人ボスが”北”の人権について否定的だった一方、小生は”そういう彼に対しても北”を擁護、それは大変イデオロギーに固まった頭だったと反省しています。

     小生は朴大統領の強権支配を批判したく思っていたのです。岩波書店の『世界』や岩波新書にもなった「T・K生の韓国からの通信」は必読の書でした。

     米人は朝日新聞はイデオロギー的な報道を繰り返して、本当の新聞ではないと指摘するのです。

     しかし、朝鮮半島に関する限り米人の言うことがある程度正しかったのです。本当に恥ずかしく思います。

     北の粛清についても1980年代に入ってから少しづつ知り始めたのです。偏見とは恐ろしいです。

     80年代後半にジャーナリストのクラブに参加しましたが、そこでも殆ど全員が”北”びいきでした。南が強権的でしたので相対的に”北”が良く見えたのでしょう。南を支持するなんて人間ではなかった。お話しにならないくらい卑劣な裏切り者だったのです。

     小生はソウル五輪のころに南朝鮮で、ーー”北”の子供達は貧しく虐げられた南の人々のために貯金していて、南が解放されたとき貯金をプレゼントしたいのだという話(雑誌『世界』に投稿してしている信頼できる日本人写真家から聞いていた)ーーをしてスパイに間違われそうに成ったことがあります。

     日本人にとって小泉首相が北朝鮮に行って、拉致被害者を連れ戻したきたことが決定的で、これでようやく”北”が人権抑圧の国だと明解にわかってきたのです。
     米人は意外に冷静に見極めていて、小生は岩波の『世界』の功罪を示唆しましても、当時の南の朴大統領の強権政治のあまりのひどさを指摘していました。

     きちんと情報を集めて整理して報道する米国の報道姿勢は学ぶ必要がありますね。米人は口癖のようにーー日本にジャナーリズムはないーーと言っていました。

     これも実に正しい指摘だっったと思います。

     確かに機密費で買収されている政治記者たちは真のジャーナリズトでないと思います。

  • 崔桂鉢様
    貴重なご意見をありがたく思っております。残念なことに北朝鮮に関する情報はとても偏っているという現実に直面しております。そんな中で、北朝鮮に関連した記事を書くのにはとても勇気がいることだと思います。下手をすれば、政治的なプロパガンダになりかねません。
    今後も冷静な目であふれる情報の洪水の中を泳ぐしかないのでしょうね。

    話は変わりますが、当ジャーナリスト・ネットには投稿のシステムがあります。是非原稿をお書きいただき投稿してください。広範な意見は貴重です。
    https://ssl.form-mailer.jp/fms/d5b9617784269

  • 何も問題はありません。北朝鮮情報を垂れ流して反省もしない方々とちがって諸先輩方の真摯な姿勢は理解しているし頭の下がる思いです。
    私は40代前半ですが、諸先輩方がおっしゃった「朝鮮半島観」は家庭事情などから肌で感じてきました。ユンボギの日記、TK生、韓国軍事独裁、社会主義、朝鮮画報…。全てが小さい頃から身近な存在でした。現在は金正日政権に対して断固糾弾の立場ですが、そういった立場に変わることが出来たのは諸先輩方が多くの苦悩の中で「北朝鮮観」を変革させたのと違い、私が「おばかで単純」だったからなんだと自覚しています。そういった若輩者の言葉だと理解していただければ幸いです。
    「北朝鮮報道」が政治プロパガンダに流される危険性は十分承知しています。しかしそれを恐れていては今度は逆に「北朝鮮のプロパガンダ」に結果的に利用されるのです。
    現代社会においてプロパガンダの呪縛から逃れるのは不可能です。そんな中で何が出来るのか?きれい事かもしれませんが、「確固たる信念に基づいた記事」は必ずや大衆の心に訴えると信じたいのです。
    だから「ペン」には「勇気」と「覚悟」が必要と言いたかったのです。でも、こんな当たり前の事を私みたいな若輩者にあえて言われるまでもないですね(汗)失礼しました。
    今後もよろしくお願いします。


    • 崔桂鉢 様
      様々な情報がWeb上でも、マスコミでも流されています。すべてに目を通すことは不可能ですが、ジャーナリスト・ネットは可能な限り真摯な姿勢で、それらの情報と向き合っていると自負しています。

      今後ともジャーナリスト・ネットの記事をお読みください。また「投稿」を是非お願いしたいと思います。
      私個人のWebサイトからもメールを頂くことができます。是非お願いします。

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