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片山通夫の「取材手帖」

2010年6月19日

コラム風「柳宗悦の世界」:片山通夫

 5月のある日、ふと柳宗悦という人の本を手に取ってみる機会があった。文庫本で「民藝紀行」という。  筆者は以前北陸のある資産家が、私設の民芸館の収蔵物の写真をすべて撮影したことがある。それで「民藝」という文字が懐かしかった。

▲その時撮影した数は詳しく覚えていないが、膨大な数量だった。途中で用意したフィルムが足りなくなって、買いに走ったことも何度かあったほどである。その民芸館のオーナーの話には常に柳宗悦の名前が出てきた。それで目についた柳宗悦の本を買うことにした。そしてしばし柳宗悦の世界を満喫することが出来たわけである。

▲彼・柳宗悦の民藝に対する情熱には驚くべきものがある。特に地方にあるひなびた店の片隅に眠っている、およそ誰もその店を訪れる人は気がつかないようなモノを見つけ出す天才的な才能があるように思える。これは例えば写真を撮るときに、誰も気がつかないアングルからカメラを構えることに通じるのではないかと思う。

▲秋田で柳宗悦が山刀を町はずれの小さな鍛冶屋で見つけた時もそうだった。誰も気がつかないモノを探し当てる名人なのだ。その山刀はあまり風采の上がらない、およそ鍛冶屋には向かない細い体格の男だったという。車(人力車?)が行きすぎようとした店先を見て、彼は車から降りその店に入った。まさに「発見」の才があるとしか思えない。いや「におい」を感じ取ることが出来るのだと思う。

▲筆者は先に書いたように、ある民芸館の膨大な収蔵物と何日かにらみ合った。その時、カメラを構えながら「このモノがどの角度から撮れば『別嬪』に撮れるか」を考えて撮ろうとした。館のオーナーは「芸術写真じゃないんだから、資料が資料としてしっかりと写ってなくては」とのたまう。

▲良くしたもので、「別嬪に見える角度」は資料としても「必要かつ十分な条件」を備えている。今更ながらだが、柳宋悦の「民藝紀行」を読みながら、彼はその「別嬪」を求めていたのだと気がついた。いや「鄙に稀な一品」を見る確かな眼を持っていたのだと気がついたわけである。

▲「柳宗悦の世界」に筆者も少しでも近付くことが出来れば、もっといい写真が撮れるのにと、己の勉強の足りなさを思い知った一冊だった。それでも凡人写真家は「孤高の世界」に向かってよろよろと歩くしかない。

お詫び:柳宗悦⇒柳宋悦と表記間違いました。お詫びして訂正します。

2010年6月19日 07:21

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コメント(2)

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  • 柳宋悦⇒柳宗悦 数多くの変換ミス 単純ミスとはいえ、お気を付け下さい。海野かなた氏も熱心な読者だということを念頭においてアップなさって下さい。

    • 申し訳ありません。以後注意します。

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