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片山通夫の「取材手帖」

2010年8月16日

取材手帖「樺太そしてサハリン」:片山通夫

Vol.14「ラジオ放送」
「お父さんは今夜もあそこなの?」
ワーリャは母に尋ねた。
「そうよ。この村にはあそこしかラジオはないからね」


 ワーリャの父は夜によく出かける。同じ村の李某さんが、帰国した日本人からラジオをもらった。そのラジオで、韓国や日本の放送を聴くために出かけるのだ。
ワーリャの説明はこうである。
「当時、ソ連は外国のラジオ放送を聴くことを禁じていました。だから父たちは、地下に掘った芋を入れて保管する『芋庫』に集まって、ラジオ放送を聴いていたのです。アンテナ線をわからないように地上に伸ばして。韓国の放送や日本の放送で、自分たちのことをニュースで流れないか、政府がソ連と掛け合って、自分たちの帰国を交渉してくれないか?そんなニュースばかりに耳を凝らしていたのです」
 そんなニュースはしかし流れなかった。毎日毎日、警察当局の眼を恐れながらラジオを聴く人たちは、それでも明日は?と希望を捨てなかったという。
(次週に続く)

2010年8月16日 09:33

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