'."\n" ?> 片山通夫の「取材手帖」:「先人が残した負の遺産」:片山通夫
片山通夫の「取材手帖」

2010年8月10日

「先人が残した負の遺産」:片山通夫

  19450815karafutoshimbun.jpg韓国併合100年の今年、我が国の政府はどのような姿勢で臨むのか、筆者は興味しんしんの想いを持って過ごしてきた。特に今年は戦争が終わって65年という年でもある。原爆犠牲者や沖縄戦の犠牲者、そしてアメリカの空襲による犠牲者、そして何よりもあの忌まわしい戦争の犠牲者に対する我が国の姿勢が問われる年ともいえるからである。(写真は樺太新聞1945年8月15日号)

  1985年5月8日、西ドイツの連邦議会でワイツゼッカー元連邦大統領は「荒れ野の40年」と題した演説で「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」と述べ、この演説はドイツ国内はもちろん国際的に高く評価された。

今日、2010年8月10日に発表された「首相談話」はそういう意味ではいささか拍子抜けした。「村山談話」を超えてはならないという妙な足かせの元に書かれた「官僚の作文」としか評しようがない。
ただ次の一行は評価したい。
「痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることはできないものです」とある。
 この談話を発表するにあたって、自民党や勿論、民主党からも異論が出たと報道にあった。まさに「痛みを与えた側」の「異論」であろう。

 我々は「いつまで東アジア諸国に謝り続けなければならないのか」という議論がある。対韓国においても、日韓基本条約で解決済みではないかという。しかし我々は「過去に目を閉ざしてはならない」のであって、「次の100年」のための糧となるはずである。

 ワイツゼッカー元連邦大統領は同じ演説で「死者への悲嘆、傷つき、障害を負った悲嘆、非人間的な強制的不妊手術による悲嘆、空襲の夜の悲嘆、故郷を追われ、暴行・掠奪され、強制労働につかされ、不正と拷問、飢えと貧窮に悩まされた悲嘆、捕われ殺されはしないかという不安による悲嘆、迷いつつも信じ、働く目標であったものを全て失ったことの悲嘆----こうした悲嘆の山並みです」とも述べている。また「悲嘆の山並み」は、当時子供だった我々の年代、もしくはそれ以降に生まれた年代にとっても「先人が残した負の遺産」であると。

我々の親や祖父の年代が残した「負の遺産」は我々が日本人である限りにおいて受け継ぎ、次代へ手渡さなければならない。それが我々、韓国併合100年に生きる世代の使命だと思う。「未来志向」と「負の遺産」は並行して持つことが出来るはずである。

2010年8月10日 15:52

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コメント(3)

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  • 韓国併合は合法的だったという日韓条約に反対してきたものとして好い加減な談話だというしかありません。菅さんは早く退陣して欲しいものです。

  • この負の遺産は沖縄に常駐する米軍というマイナスを押し付けられる遠因であるともいえるのでしょう。

  • 石川兄、戦後の日本が「経済的な復興」に重きをおいたのと、冷戦の煽りが「戦争の精算」を十分に行わなかった結果なのだと思います。

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