2010年8月10日
「先人が残した負の遺産」:片山通夫
韓国併合100年の今年、我が国の政府はどのような姿勢で臨むのか、筆者は興味しんしんの想いを持って過ごしてきた。特に今年は戦争が終わって65年という年でもある。原爆犠牲者や沖縄戦の犠牲者、そしてアメリカの空襲による犠牲者、そして何よりもあの忌まわしい戦争の犠牲者に対する我が国の姿勢が問われる年ともいえるからである。(写真は樺太新聞1945年8月15日号)
2010年8月 6日
「8・6ヒロシマ」:片山通夫
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1945年8月6日午前8時15分、つまり65年前のことだ。ヒロシマに人類最初の原子爆弾がさく裂した。写真は、その熱線で溶けた瓶である。(広島平和記念資料館蔵)
2010年7月15日
コラム「電子書籍そしてipad」:片山通夫
ようやくipadを予約したことは、既にツイッターでつぶやいた。ジャーナリスト・ネットのM氏が発売早々手に入れられたので、二度ほど触らせてもらったことがある。ところがその時は正直に言うと買う気にはならなかった。
2010年7月13日
コラム「パエリャにされなかったタコ」:片山通夫
そう、あのサッカーW杯で、決勝を含む計8試合の結果を見事的中させたドイツ・オーバーハウゼン水族館のタコ「パウル」君である。三位決定戦でドイツの勝利を予言し的中してから「パエリャにしてしまえ」と怒っていたドイツのファンもパウルの「偉業」を素直に受け入れたと外信が伝えた。「パウル」君にしてみればいい迷惑だったろう。予言が当たり「パエリャにされる」のでは。
2010年6月10日
本多立太郎さんのことなど・・。:片山通夫
前回に続いて、南京での本多さんの一枚の写真を紹介したい。場所は南京師範学校の教室。300人定員らしいが、600人以上の学生が詰めかけた。大盛況である。ここでも本多さんは「戦争出前噺」をされた。通訳を介しての出前噺なので、いささか様子が違ったようにも筆者には感じられた。通訳が翻訳し終わって初めて「反応があるから」だ。
2010年6月 5日
本多立太郎さんのことなど・・。:片山通夫
既に本ネットでも、再三にわたって取り上げた本多さんが亡くなられた。トンダ・モンタ音頭の完成を待たれての逝去だった。今日から何回かに分けてお元気だった頃の本多さんの写真をご紹介したい。
最初は2006年5月に筆者も同行した南京での写真である。
スライドショーを見る>>
2010年5月26日
「ペンの力が必要だ」:片山通夫
夏史邦氏の「李明博政権の対北政策破綻 (全)」を読んだ。何日かして鄭容順氏の反論(?)記事が掲載された。夏氏は新聞社のソウル特派員や編集委員を歴任された、筆者などから見ると、いわゆる「大記者」である。
2010年4月 7日
コラム「なぜ沖縄なのか」:片山通夫
沖縄の普天間基地移設問題が鳩山政権のアキレス腱になっている。沖縄の声は無視されている。だれも、どこも沖縄に代ってやろうという思いは見当たらない。袋小路に入ってしまった。鳩山首相の「腹案がある」というのはどこだ?
2009年12月31日
コラム「除夜の鐘」:片山通夫
除夜の鐘。
毎年大みそかの31日深夜に鳴らされる。なんでも仏教でいう煩悩を洗い流すとか。この鐘、突くのが案外難しいといわれてる。深夜0時までに107つ突いておいて、新年になった瞬間に最後の108つ目を突くのだそうな。
2009年11月 8日
コラム「普天間を関空に呼ぼう!」:片山通夫
今日、11月8日、沖縄・宜野湾海浜公園屋外劇場で「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」が開催された。昨夜は同・嘉手納で「米軍基地を県外へ」と反対集会が開かれた。鳩山政権にとっては悩ましい沖縄の米軍基地は問題である。
日航は業績不振というより会社の存続をかけて、不採算路線からの撤退を余儀なく行うという。関西空港や神戸空港からもである。大阪の橋下知事は伊丹を廃止して関空に注力したい考えで、大阪市内中心部から関空へリニアモーターカーを走らせたいようだ。しかし、乗客の行かない、もしくは行きたがらない空港には航空会社にとっても魅力はない。福井空港がそのよい例である。
2009年10月 7日
2009年9月30日
「記者クラブに風穴」:片山通夫
昨夜、調べることがあって外務省のホームページをのぞいてみた。必要なことをチェックした後、なんとなく、他のページに目が行った。そして「大臣会見に関する基本的な方針について(会見参加の事前登録開始)」という長いタイトルのページに行き着いた。
岡田外相は本気だった。フリージャーナリストにも記者会見を解放したのだ。
2009年9月25日
コラム「隗より始めよ」:片山通夫
昨日・24日の毎日新聞に「発信箱:記者会見とは何か=与良正男(論説室)」というコラムが掲載されていた。読まれた方も多いだろう。
2009年9月19日
岡田外相・フリージャーナリストにも開放と明言:片山通夫
岡田外相が外務省の記者会見を「原則としてすべてのメディアに開放する」と述べたという記事が毎日新聞に掲載された。事実なら朗報である。以前、長野県知事だった田中康夫衆議院議員が、「脱記者クラブ」宣言をして、一般の雑誌やフリージャーナリストにも記者会見へのアクセスを可能にしたことがあった。
2009年8月 4日
自民大変「刺客が刺される」:片山通夫
刺客とは所謂小泉チルドレンのことを言う。前回の郵政民営化だけを争点にした選挙で話題を集めた刺客たちが、たった4年で刺される側に回っている。小泉劇場に華々しく登場した彼らは「自民逆風」の嵐の中で立ち往生の様子だ。それは、めまぐるしく変わった首相や、大臣だけの責任ではない。「構造改革」、「新自由主義」が我が国でも破たんしたことにも原因の一端はある。
2009年8月 2日
自民大変「公認争い」:片山通夫
自民党の公認争いが「熾烈」をきわめているようだ。前にも書いたが、宮崎1区。あの中山成彬氏の変心で出馬表明をしたからだ。以前に同氏の不出馬宣言で県連が公募で候補が既に決まっていたので、中山氏が殴り込みをかけた形。
2009年7月23日
自民大変「宮崎の変」:片山通夫
宮崎県が揺れている。無節操なあの知事のことでではない。いや、あの知事にも責任の一端はある。それにしても、自民党宮崎県連は大変だ。そう、中山成彬・前国土交通相の衆院選出馬表明をめぐってだ。
自民大変「反省だけなら」:片山通夫
「反省」「変化」がキーワードだとか。自民党のマニフェスト。麻生首相が出したという。そして民主党が「政権交代」を打ち出しているのに対して、「変化」を打ち出すという。
2009年7月22日
自民大変「政界再編」:片山通夫
解散前の17日、自民党の森元首相が「衆院選後の政局について「政局が大混乱になったときは、政界再編をどうするのか。日本の政治に空白ができないようにしていく。政局の安定を図るため努力をしないといけない」と述べた。(時事通信)
2009年7月21日
自民大変「解散・総選挙」:片山通夫
今日13時から開かれた衆議院本会議で、麻生首相は解散を断行した。これに先立ち、自民党は両院議員懇談会を開催したが30分で終了したという。
2009年7月20日
自民大変「支持率下落」:片山通夫
2009年7月18日
自民大変「首長は国政への踏み台か?」
宮崎県知事のドタバタが、県民にも、国民にも、挙句の果てには、当の自民党にも総すかんを食ってようやく収まったようだ。ところが、首長政治団体:横浜市長ら3氏が新しい政治団体を作るという。
自民大変「偽マニフェスト」
麻生降ろしに失敗した面々が「次期衆院選マニフェスト(政権公約)とは異なる独自公約を掲げる動き」がある。
自民大変「麻生隠し」
たったの一時間だという。それも衆議院本会議直前に開催。自民党の「議員懇談会」のことである。おまけに非公開と来た。
2009年7月17日
自民大変「首相たらい回しのツケ」
両院議員総会か、両院議員懇談会だか知らないが、開催すると言う話だ。首相官邸は17日、自民党執行部に解散決定の閣議を21日午前に開くと伝達。
自民大変「分裂選挙か?」
総会の開催は見送るということだ中川氏らが求める両院議員総会の代わりに非公式な議員懇談会を21日に開くことを明らかにした自民党だが、まだ紆余曲折がありそうだ。。「これ以上醜態をさらけ出せない」とはある執行部の弁。
2009年7月16日
自民大変「自民党政権は幕末」
自民党の現状を武部自民党元幹事長は「自民党政権は江戸幕府の末期のような状態だ。国を根っこから作り直す決意が必要だろう。もう国民の信頼なくして政権運営は出来ない」
と今朝(16日午前)ほど述べた。(読売オンライン)
2009年7月15日
自民大変「徳がない麻生首相」:片山通夫
自民党の武部元幹事長が、麻生首相を指して、今日・15日のTBS系TV番組の中で、「麻生首相は得がない」と。
自民大変「やってられるか」:片山通夫
自民党の古賀選対本部長(党4役の一人)が辞任するという。表向きは連敗中の地方選の責任を取るということだそうだが、誰もそれを信じていない。
2009年7月14日
自民大変「都議選後のドキュメント」:片山通夫
【自民大変報告】
昨13日、麻生首相が、自民・公明両党に了解を取り付け、21日解散、8月30日投開票の日程を決めた。その後、自民党は大荒れの内紛状態に陥っている。朝日新聞(電子版)から拾ってみた。
2009年7月11日
コラム「核密約はあった」:片山通夫
衆議院外務委員会委員長の河野太郎氏が、自らのブログ(2009/7/10付)でこう書いている。「核密約に関して、今週、外務委員長として、密約を知り得た立場の複数の方にお目にかかったり、電話で話をしたりした。今日は、京都で、村田良平元事務次官を訪問して、お話を伺った。結論から言えば、核密約はあった。外務委員長として、私の委員会で、これ以上、政府が虚偽答弁をすることを認めない」と。
2009年7月10日
特集「麻生政権の終焉、そして・・」:片山通夫
なんともセンセーショナルな特集のタイトルです。しかし、昨今の内閣支持率や、大型地方選の結果、マスコミ各社の世論調査などを見てみると、むべなるかなの感はある。なにしろ、当の自民党内でも「麻生おろし」がささやかれているのだから。
2009年7月 9日
コラム「北方領土問題」:片山通夫
あまり、国内では関心がないのか、全国的に盛り上がりに欠ける報道に驚いた。ことは我が国の歴史的かつ領土という「国益」に関する問題なのにだ。
2009年6月24日
コラム「終わりの始まりか」:片山通夫
ついに、というかやはりというか、コダックがカラーポジフィルムの生産を中止すると発表した。コダクロームという優秀な色再現をするスライド・フィルムだ。
2009年6月18日
コラム「麻生首相への手紙」:片山通夫
麻生首相にしてみれば、半世紀以上も前から亡霊が現れたとしか思えないだろう。いや、今時のマンガオタクの首相は歯牙にもかけないかもしれない。(写真はRKB毎日放送Websiteから)
2009年6月15日
2009年6月 6日
コラム「風」雨の棚田:片山通夫
雨が降りしきる中、美作の国(岡山県)に向かった。美作といっても、現在の美作市ではない。美咲町。津山といったほうが理解が早いかもしれない。
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