川瀬俊治の「森羅万象」

2011年1月30日

日曜日新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治

 朝日はN・Dクリストフ、S・ウーダン『ハーフ・ザ・スカイ』(英治出版、1995円)、D・バットストーン『告発・現代の人身売買』(朝日新聞出版、2625円)を紹介している。評者久保文明。現代も実は奴隷制があるという告発であり、読んだものは頷かざるを得ない。

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2011年1月25日

メデイア・ウオッチング 地域主権論議で「蚊帳の外」の外国人参政権問題:川瀬w俊治

 地方の時代といわれるが、人気の知事も市長も一度たりとて口に出さず、そしてメディアも決してふれないことがある。定住外国人の参政権問題である。

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2011年1月15日

夜間中学教育に一生を捧げた岩井好子さんが死去:川瀬俊治

 夜間中学教育に一生を捧げた天王寺中学教員岩井好子さんが6日午後、入院先の川崎市内の病院で亡くなった。享年85。

 岩井さんは天王寺師範学校を卒業後、1944年から大阪市内の教員になり、天王寺中学が開校された1969年から赴任、定年まで教員をつとめた。この間、大阪市内の夜間中学が他府県から通う生徒の入学制限を打ち出したことから、奈良で自主夜間中学校を近鉄西大寺駅近くの正強高校の校舎を借りて開校。夕食にうどんを食べたことから「うどん学校」と呼ばれた。この自主夜間中学運動はやがて公立化を達成、1978年に奈良市立春日夜間中学として開校した。原動力となったのが岩井さんに他ならない。
この自主夜間中学から公立化へと進む夜間中学増設運動はその後全国に広がりをみせ、奈良県では天理、橿原に公立夜間中学が同じように自主運営から公立化を生んだ。
岩井さんは天王寺夜間中学教員退官後は朝鮮通信使研究を深めた辛基秀さんが運営していた大阪・寺田町の青丘ホールを借りて「麦豆教室」を開講、21年続けた。この「麦豆教室」はその後夜間中学OBで学びたい生徒が通う教室としての形態の先駆け的な役割を果たしたといえ、大阪では守口などで定着化した。岩井さんは夜間中学増設運動でもまたOB夜間中学生の学びの場の設立でも先駆的な役割をしてきた。

最近は体調を崩されていたが、家族が住む川崎市内に転居して治療に専念。昨年11月末、脳血栓で川崎市内の病院に入院して治療を受けていたが、6日夕亡くなられた。著書に『オモニの詩』(筑摩文庫)などがある。

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2011年1月 9日

日曜新聞紙読書欄簡単レビュー:川瀬俊治

 今週は小説2作品、哲学書1作品、1歴史理論書を紹介
しましょう。

 津島佑子『黄金の夢の歌』(講談社、2310円)ー朝日ーは柄谷行人が書評している。本書は3層からなり、1層は一人称あるいは二人称によって語られる。「わたし」の父は青森出身であることからツングースの末裔と感じでおり、狩猟遊牧民であるアイヌなどに親近感を得て語られるが、遊牧民がおかれている近現代の状況が筆写される。2層は古代からのユーラシアの遊牧民の歴史が語られる。3層は非人称で綴る文で表題「夢の歌」になる核心部分だ。「夢の歌」がオーストラリアの先住民が伝えてきた物語であり、国家の支配を受けても記憶から消えることはない。柄谷は「トット、トット、タン、ト」というマケドニアの騎馬の蹄の音としてたびたび3層に出てくることを「抑圧されたものの回帰」というフロイトの深層分析をあてはめているが、かつて著者の父太宰治が書いた小説「トカトントン」が「世界の一挙にネガティブに変容させるのに対して、逆に世界をポジィテブに反転させる」(柄谷)と評して、この力は津島しか書けないと高い評価を与えている。柄谷の頭を過ぎったのは多分中上健次が生み出した「路地」ではなかったのか。中上は「路地」の賛辞を書くのに折口信夫の作品を読了し、古典文学を喝破し古代からの被差別民の苦闘で一本化して貫く世界を創り出した。それは近代文明でまとわれた価値観からの超克であった。近代的価値観で鳥瞰、俯瞰するならは現在苦しんでいる差別は常にその時代の価値観でくくられ支配される。それを乗り越えるには、柄谷があげた「抑圧されたものの回帰」が光明を見出す。決して「抑圧」されるものを具現するのではなく解き放つ賛歌であった。またアナクロニズムではないことは中上の作品群が示している。津島に戻る。津島は日本の作家が一度もなしえなかった先住民、遊牧民の賛歌を作品化したのである。「津島佑子という小説家以外いん、このようなことを書ける者はいない」と柄谷が書くのは、小説世界で久しぶりに感じた喜びと発見であるのではないか。柄谷の深層からの心の吐露のように感じるのは私一人ではないだろう。

 歴史認識の限界を超えようとした作品、あるいは超えることを試みた格闘の書は上村忠男『知の棘 歴史が書きかえられる時』(岩波書店、2520円)ー朝日ーだ。すべての歴史は現代史であると書いたのはベネット・クローチェだが、それは歴史が常にイデオロギー叙述に陥るゆえんだ。これをどう超えるか。他者との関係の叙述である歴史にその活路を見出す。自己言及的でしかありえない私を他者に開くかーここに本書の特徴がある。評者高村薫は「認識主体の限界を内破せんとして、現在の生に身を投じる」と著者を評している。リオタール的能動とも高村はいう。凡庸な事実列挙した、あるいは実証主義的な歴史学者では上村の本領というか、文明史家ともいえる歴史学者の渾身の書ではないか。

 日経では作家松井今朝子が「半歩遅れの読書術」で色川武大の『狂人日記』(講談社文芸文庫)を紹介している。「私小説的な現実の世界と幻覚の世界に継ぎ目がない」、両者がいつ移行するかわからない本物の小説と評している。この作品の語り手は自分の頭がこわれていることを大事にするのだから、私小説的世界に安住することを拒絶する壮絶な作品なのだ。この日経のコーナーでは最初は電子書籍の利便さをあげる松井は確固たる手触りを求める書籍派であることで文の最後をしめるのはこの『狂人日記』という小説がそうさせるのだ。

 毎日は苅部直『鏡のなかの薄明』(幻戯書房、3045円)が第9回毎日書評賞を受けたことを伝え、著者の書評に取り組む姿勢を書いている。箇条書きにすると以下のようになる。●心がけていることは偉そうにしないこと。批判から入るのではなく、面白かった点を自分自身の声で語るようにする。そんな「おまけ」の部分が書評では大事●使い古された一方向の結論に導かない。いつの時代も多元的だから。多様化自体を面白がること●外の刺激に開かれることが、自分の中に引き出しを増やすーと毎日のインタビューで答えている。選考委員である池澤夏樹が「専門家の書評は目前の事象に対する素早いレスポンスであり、素人へのガイダンスである」と書いている。具体的には国際政治と軍事で苅部があげたマイケル・イグナティエフとマイケル・ウォルツーァ、半澤孝麿を並べて書いた書評をあげる。三書がセットで紹介されていることに注目している。憲法と天皇の関係では奥平康弘と市倉宏祐、佐藤正英を束ね、現場的学説と歴史を繋ぐ。天皇の退位を論じた奥平の「天皇の退位を禁ずる『脱出の権利』を、天皇に認めていない点で、日本国憲法に違反する」とあることを知って、自分の考えを一歩進めるヒントを得たと池澤は書いている。井上荒野の小説『切羽へ』の書評に狭義の書評の力量を評価している。

 読売はジョン・ロールズ『正議論』の新訳を堂目卓生(大阪大教授)が紹介している。紀伊国屋書店が川本隆史ら3人が新訳した本だ。川本はロールズの『正議論』の研究者として私立大学で倫理学を講じていた時に彼の本を読んだことがある。ロールズの思い入れはついに新訳をだしたかと今回まず感じた。7500円もする本だが、堂目の紹介ではどうした点が新訳は旧訳と違うかを書いていないが、何が本書でとかれ、今、旬であるハバード大学のマンデル教授の正義論との違いがあるかがよくわかる。「善き生き方」は個人の領域にまかせるべきとするロールズの正義論に対してマンデル教授は「美徳」の問題にも積極的に関与すべきだと説く。堂目はマンデル教授の説には賛同していない。「善い生き方を個人が選ぶ自由」どれだけの尊い命の犠牲から手に入れたものかを忘れてはならないと説く。「社会全体で善き生き方である美徳の話をしよう」との声は現代の閉塞状況を打ち破る声として魅力あるが、「リベラリズムを手放すことなく個人間のつながりを深めることにより共同体としての活力を取り戻し」と堂目はいう。

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2011年1月 8日

全講演録 講演録 私たちはこの世に存在すべきではなかった;ルードウィク・ラーハ(金子マーティン訳)

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あけましておめでとうごさいます。今年もよろしくお願いします。
オーストリアの作家ルードウィク・ラーハさんがオーストリア・スィンティ三女性の生活史(一九二三年から二○一○年まで)をまとめ凱風社から金子マーティンさん(日本女子大教授)の翻訳で『私たちはこの世に存在すべきではなかった』(2009年)と題して刊行した。これを記念して昨年10月末に大阪市内を会場に講演した。今回、2011年の念頭にあたり翻訳の金子先生のご好意により全講演の内容を皆さんにお届けします。原稿にして22万字、400字詰め原稿で55枚になる。

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2011年1月 7日

明日 「私たちはこの世に存在すべきではなかった」一挙全講演録掲載;川瀬俊治

講演録「私たちはこの世に存在すべきではなかった」(ルードウィク・ラーハさんの話を金子マーティンが訳されました)を6回にわたりお届けしましたが、明日8日に一挙掲載します。

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2011年1月 6日

最終回 講演録 私たちはこの世に存在すべきではなかった6;ルードウィク・ラーハ(金子マーティン訳)

P1150172.JPG ヨーロッパへ移住して五○○年以上が経つ現在、国家による弾圧がはじめてない時代にニコルは暮らしています。オーストリア南部のスロヴェニア人、東部のクロアティア人やハンガリー人となど同じく、オーストリア政府はロマとスィンティもオーストリアの少数民族(「民族集団」)として一九九三年一二月に公認しました。

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2011年1月 5日

講演録 私たちはこの世に存在すべきではなかった5;ルードウィク・ラーハ(金子マーティン訳)

 スィンティ文化について文章化された史料は、二○世紀末期まで皆無に近い状態でした。スィンティの伝統はもっぱら口述で伝承されました。たいていは夜、みんなで会食しながら一緒に音楽を奏でているときなどに。ギッタの記憶のなかでもそのような瞬間が、もっとも幸せを感じたときだったと記されています。

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2011年1月 4日

講演録 私たちはこの世に存在すべきではなかった4;ルードウィク・ラーハ(金子マーティン訳)

 スィンティはたいてい教会での結婚式しか挙げませんが、国家はそれを正式な結婚と認めませんでした。ローザ・ケルンデルバッハとアルトゥル・シュネーベルガーの結婚もそうです。この夫婦は二人とも強制収容所で肺病を患いました。生まれたときから肺結核という重荷を背負って、長女のローザ・ギッタが一九四六年に誕生します。彼女の少女期はその病魔に苦しまされ、それ以降も芳しくない健康状態に悩まされています。

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2011年1月 3日

講演録 私たちはこの世に存在すべきではなかった3;ルードウィク・ラーハ(金子マーティン訳)

アウシュヴィッツの「ジプシー収容所」、あるいはポーランド・ウッジのユダヤ人ケットー内に設置された「ジプシー収容所」で、ローザ・ケルンデルバッハの親族ほとんど全員が殺害されました。

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2011年1月 2日

講演録 私たちはこの世に存在すべきではなかった2;ルードウィク・ラーハ(金子マーティン訳)

ヨーロッパ人の大半はスィンティやロマと実際に接した経験もありませんが、「ジプシー」と聞くと、たいていの人が最初に連想するのは「ニワトリ泥棒」です。ヨーロッパに到着して以来、現在までスィンティやロマがかっぱらったニワトリの数と、ヨーロッパ人に殺されたスィンティやロマの数を対比すれば、それはあまりにも悪趣味なことになるでしょうから遠慮しておきます。

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2011年1月 1日

2011年新年企画に期待を;川瀬俊治

2011年正月 あけましておめでとうございます。

年企画として12月30日に一回目を届けました片瀬五郎さんの「検証北朝鮮・延坪島ヨンピョンド事件」の連載のほか、昨年10月30日大阪で講演会を開きましたヨーロッパ少数民族の差別・迫害との闘いを知る講演会、ルードウィク・ラーハさんの『スィンティ女性三代記』の全講演録をラーハさんと翻訳された金子マーティンン先生(日本女子大教員)のご好意で掲載することになりました。ラーハさんの話はナチス強制収容所を生き抜き、戦後も少数民族差別と闘ってきた移動の民・スィンティ女性の活動を語るものです。いずれの連載ともご期待ください。(ジャーナリスト・ネット 川瀬俊治)

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2010年12月31日

本澤二郎の「日本の風景」(645)

<ナベツネ連立工作は不発> 大連立を実現することで、改憲に決着をつけようと必死のナベツネと中曽根の野望の一つが、民主党と極右の「たちあがれ日本」の連立工作だった。元中曽根秘書の与謝野馨のお尻を叩いて決起させた。与謝野が平沼党首を誘って菅総理と密会した。相当の根回しの成果なのだろうが、党内に持ち帰ると反発をくらってしまった。


 総理は与謝野に大臣の椅子を用意したが、そもそも「民主党を過半数以下に追い込む」という公約に反するものだから、10人にも満たない小党にすぎなかったが、党内の合意を得ることはできなかった。
 いつ崩壊してもおかしくない政経塾・財閥の傀儡政権に飛び乗ることなどあり得ないのだが、さわさりながら黒幕は現在のマスコミ界の悪役で知られる。メディアの支援が期待できる。あるいは、と期待と警戒が渦巻いたのだが、結果は失敗に終わった。
<はぐれ老害に同調者なし> ナベツネと中曽根の大連立工作というと、自民党時代の福田康夫総理と小沢民主党党首の間で、一端は合意が成立した。あわや、という場面だったが、このときは民主党執行部が反対して潰れてしまった。この時の民主党はまともだった。
 党内の反対によって小沢は悪役にならないで済んだ。今回もナベツネは自民党の谷垣総裁を動かそうとしたが、賢明なことに乗ろうとしなかった。やむなく二人の勝手知ったる与謝野が所属する、極右小党から工作を開始したのだ。
 藁をもつかむ心境の菅と仙谷は飛びついたのだが、なんと成功すると勘違いしていたことが間もなく判明した。
 与謝野には手勢がいない。はぐれガラスだ。中曽根老害の子分でしかない。財務官僚の手の内で踊るだけの人物である。財政破たんの責任を負う立場の一人である。それの自己批判もしていない無責任政治家でしかない。
 同調するものなどいなかった。中曽根・ナベツネの無力さを露呈する結果となってしまった。
<小沢追い出し工作の行方> 他方、小沢を追撃する動きは止まりそうもない。これにもナベツネ工作の一環と見ていいだろう。何としても小沢を民主党から追い出してしまう。政界の孤児にしてしまうという大連立工作の一環といえる。
 小沢と鳩山が連携している限り、ナベツネ工作は進まない。小沢排除は検察を使っても、マスコミを動員にても出来なかった。遂には検察審査会を動かして強制起訴に持ち込むことになったが、それでも小沢は屈しない。
 国会招致で小沢をぼろぼろにしてやるとの意気込みを感じるのだが、それを野党だけでなく身内の与党・政府にやらせようとしている。なんとも念の入った工作であろうか。
 筆者の目にはナベツネ工作は仙谷を経由して総理・幹事長に伝わっていると見えるのだ。2010年1月1日の小沢詣でをした菅直人である。小沢なくして民主党の政権は存在しなかった。それでいて自らの地位確保のために、賢明になって小沢めがけて矢を打っている。
 まるで戦国時代・下剋上を連想させる演技・パフォーマンスではないだろうか。日本丸が沈没している最中で、船長が船員を撃ち殺そうとしている。反乱は船員が起こすものだが、民主党丸は船長が自ら反乱を起こしているのだから、実に滑稽であろう。
<政経塾が菅と岡田を突き動かす> 小沢排除のもう一つの黒幕は政経塾である。前原や野田である。仙谷や枝野らである。小沢が指揮棒を握ると、潰されてしまうと怯えている政経塾の面々らである。
 菅直人が代表選でかろうじて小沢を破ったのは、政経塾とそこからの豊富な資金のお陰だった。菅は単なるお飾りに過ぎない。政経塾あっての菅政権である。そしてもう一人が官僚OBの岡田である。岡田にも政経塾から甘い言葉が出ているだろう。
 ともあれ、大恩ある小沢を菅と岡田が死に物狂いで押しつぶそうとしているのだから、政界とは実に恐ろしい世界である。義理や人情などない。狐と狸しか住めない。魑魅魍魎の世界なのだ。

 魑魅魍魎の言動にどれほどの価値があろうか。それを真に受けたりする主権者は、痛々しい限りである。
 背後に富豪がいる。財閥である。地上(政治)の争いには、地下の富豪たち財閥の混乱・混迷ぶりを裏付けている。ニューヨークからの金融危機の打撃が強烈だったからなのだ。彼らは財閥減税でも、まだ満足していない。大増税を民衆に課そうというのである。同時に再軍備による軍事国家を実現しようというのだ。
 そこから見えるのは天皇制国家主義である。違うだろうか。
2010年12月30

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メディア・ウッチング「混迷する菅政権の分析」が今年の論説の主流;川瀬俊治


 30日の「京都新聞」では共同通信解説委員が今年の政治動向を分析する記事を書いていたが、簡単に言えば、菅―小沢対決は政治の権力闘争であるとの見方だ。一連の民主党のゴタゴタは権力闘争以外にないーという。

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2010年12月27日

歴史的責任を痛感:川瀬俊治

奈良県王寺町での大和川改修工事の歴史を調べていて、町の引継ぎ文書が残されていたことは幸運だった。のべで35万人の労働者が1932年に亀ノ瀬の地滑りによる河床の隆起回復工事についた工事で、王寺町は工事概要などの資料を町史に掲載していた。

 ただ工事は当時の国鉄のトンネルが押しつぶされる地すべりの事態に周辺町村では対応できず、工事は国に移管される。内務省管轄となる。

 このことから国に資料は残されているかと、27日午前中に国会図書館関西館に調べに行ったら、直轄工事として亀ノ瀬での1932年工事概要ななく、翌年の33年の工事概要が電子化されて残っていた。内務省の1932年工事は依然として不明のままだ。

 35万の労働者が就労した戦前最大の河川改修工事。すでに78年経過している歴史である。労働者の記録は一切ない。記録としては民衆の記録、証言は残っていない。聞き書きはいかに大事かを思い知らされる。当時工事についた人はもうおられないだろう。こうなると歴史を残せなかったのは後世の人間の責任にもなる。

 歴史的責任ということがよく言われるが、聞き取りをせずに歴史として残せなかったわれわれの側の責任も一方であることを思い知る。王寺町の35万人が就労した工事で痛感することだ。

 

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2010年12月23日

「米大統領 胡主席糾弾」という報道:川瀬俊治

 毎日新聞22日の朝刊を読むと、イバマ米大統領が胡主席に「中国が甘やかしたから北朝鮮がヨンピョン島などの事件に発展させた」と直接不快感をあらわし電話会談で発言したと報じた。

 韓国のジャーナリストに聞くと、「韓半島のカギはアメリカだ」といつもいう。今回もそうなのかと、改めてアメリカの影響力をおもい知った。共和国(北朝鮮)の過激な声明が消えたからだ。記事としては良い記事だ。

 今回の事態を共和国の「終わりの始まりだ」と厳しい見方をする人が多いが、今月はじめに書いたように中国の動向は重要だ。無論アメリカもそうだが、中国がどう動くかがカギだろう。

 この意向が反映したようで、金正日総書記と会談した中国の戴国務委員が「相当強く圧力をかけた」(毎日の報道から)という結果を生み、共和国側が平和監視組織を訪朝したアメリカのニューメキシコ州知事に提言したという。すごい威力だ。つまり中・米が真剣に事態打開に動かないと展望がないということを示してもいる。外勢を排するという南北両国の姿勢は根源にあったわけだが、そう簡単なことではない。

平和監視組織は南北両政府ににアメリカを加えたものだという。日本はどうなっているのかと思う。どんな展開を予想しているのか。長期的、短期的にである。

 菅さんは邦人救出に自衛隊をーとの発言をして韓国の人に立腹させた。1890年代に東学農民戦争などでの日本の軍事介入の歴史をご存じないのかーと落胆する。いい東北アジアのブレーンはいないのか。民主党内のうちわでガタガタして、さっぱり外交での核がある行動見えてこない。

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2010年12月22日

2010年 第41回釜ヶ崎越冬闘争 ドキュメンタリー上映会;川瀬俊治

2010年 第41回釜ヶ崎越冬闘争 ドキュメンタリー上映会「釜ヶ崎から―沖縄・朝鮮・在日―を考える!」が開けれます。以下は案内文です。

■「差別され抑圧された沖縄人、被差別部落民、在日韓国・朝鮮人、障がい者。抑圧と差別を受けてきた歴史を引き継いできた、我々子孫というのは先人から受け継いだ抵抗の遺伝子が進化する。だから沖縄を苛めて苛めて、なお苛めるというのだったら、私が死んだ後も子や孫たちが抵抗してゆく魂を進化させるのだ...」
※沖縄在住の彫刻家、金城実(映画「恨ハンを解いて、浄土を生きる」より)
■釜ヶ崎の労働者のみなさん。そして、釜ヶ崎越冬闘争を支援するすべてのみなさん。今年も残りわずかになり、越冬闘争の季節がやって来ました。今年は、沖縄米軍基地をめぐる与党民主党の迷走に始まり、尖閣諸島(釣魚島)などをめぐる領土問題、延坪島での軍事的衝突による北朝鮮脅威論の広まり、それらは誤った歴史修正主義と排外主義とをまねき、ついに朝鮮学校の生徒たちだけを高校無償化から排除するという深刻な差別にいたりました。また沖縄では、ヤマトによる差別と米軍基地の押しつけに対する怒りの声が、踏みにじられ続けています。テレビや新聞、インターネットなどで大量に流される情報は、それを見る者の批判的精神を完全に麻痺させ、憎悪と敵意を煽りながら、アジアを忘却した日
本中心主義の溢れ出る「日本人」の物語づくりに終始しています。そのような状況に抗するために、私たちNDS=中崎町ドキュメンタリースペースは、夏祭りでの「彷徨する魂を追う!」に続いて、「沖縄、朝鮮、そして在日」をテーマにしたドキュメンタリー映画上映会を釜ヶ崎越冬闘争の現場で行うことにしました。

■日本の学校教育やマスメディアは、沖縄戦の記憶をアジア諸民族の苦難の歴史につながるものとしてではなく、日本本土を守るための壮絶な闘い、崇高な犠牲という「神話」に仕立て上げました。ウチナンチュの記憶は、戦乱や緊張にうずまくアジアの人々の歴史体験に連なるものではなく、忘却と隠蔽を余儀なくされてきました。また、済州島において、沖縄戦の渦中、「第二の沖縄」として本土防衛に備え、全島要塞化を行うために、約7万人の日本軍とそれに加え済州島の住民が動員されたという事実、さらに解放後の米軍制下で4・3事件が引き起こされたという悲劇の歴史はほとんど知られることがありません。(4・3事件とは1948年4月3日、米軍制下において南北分断につながる単独選挙に反対して済州島で
起こった民衆蜂起。約3万人の人々が犠牲になった。)

■日本の米軍基地の75%が、本土のわずか0.6%の沖縄に集中している事実や、本土の二倍ともいわれる失業率はどうして生み出されるのでしょうか。沖縄の米軍基地は韓国の米軍基地、平沢(ピョンテク)、群山(クンサン)、そして済州島に建設されようとしている韓国海軍基地にも直結し、北朝鮮、中国、中近東やその他の紛争地域と分かち難く結びついています。米軍基地は、中国や北朝鮮を威嚇して東アジアの無用な緊張を招き、米軍用機が、韓国の群山(クンサン)直島(チョクド)の爆撃場などで訓練し、イラクやアフガニスタンへと民衆を虐殺するために出撃していくのです。(イラク戦争の死者は10万9千人を数え、うち6万6千人は民間人=ウィキリークスが大量の資料を公表)

■朝鮮学校の無償化問題においても、朝鮮と日本の関係史、在日朝鮮人の歴史を忘却し、阪神教育事件の再来のように在日朝鮮人の民族的アイデンティティーを育む民族教育を弾圧しようとしています。ふたつの祖国に分断され引き裂かれた在日の一方の立ち位置を断ち切れと強要することは、引き裂かれた在日の実存そのものが断ち切られることを意味するのです。日本軍「慰安婦」問題に象徴されるように、韓国強制併合から100年が経過した現在もかつての日本帝国主義が残した植民地被害の傷跡は癒されることなく、歴史の闇へと忘却、隠蔽されていくのでしょうか。

■今、戦前、戦後を貫く東アジアにおける国家権力による過酷な暴力に晒された民衆の記憶をひとつひとつ紡ぎ、そして現在的な問題意識へと切り結んでいく歴史的な視点が必要とされているのではないでしょうか。今回、多くのみなさんのご協力により、そのためにふさわしい8本のドキュメンタリー作品が無償で提供され、ここ釜ヶ崎の「ふるさとの家」で上映できることになりました。沖縄、朝鮮、在日そして釜ヶ崎のことを、ドキュメンタリーを観ながら、断絶されたそれぞれの歴史を現在につながる記憶を継承する民衆の歴史として、世代を超えて、ここ釜ヶ崎から、語り合いたいと思います。

2010年暮 41回目の釜ヶ崎越冬闘争にて   
NDS=中崎町ドキュメンタリースペース
<作品紹介>
・『風ッ喰らい時逆しま』(監督布川徹郎/1979年/88分/カラー)
伝説の芝居集団『曲馬館』が山谷、釜ヶ崎、コザ、網走を駆け抜け国家の方位磁針を乱すかのように日本の均質化した風景をよじれさせる。

・『朝鮮の子』(製作:朝鮮の子制作委員会、在日朝鮮映画人集団、提供:総聯映画製作所/1955年/32分/モノクロ)
「僕たちはお父さんやお母さんのおかげで、僕たちの国の言葉や地理、歴史を習っています。立派な朝鮮人になるためです。」この映画は当時の生徒の作文をもとに作られた。

・『イルム 朴秋子さんの本名宣言』(監督滝沢林三/1983年/50分/カラー)
在日朝鮮人二世の朴秋子さんは本名宣言を行ったが就職差別にあう。民族意識の自覚を内面から描く。

・『熱い長い青春 ある沖縄の証言から』(ディレクター森口豁/1972年テレビ作品/30分)
日本「復帰」三ヶ月後の沖縄。復帰して変わったのは物価高と観光客の増加、変わらなかったのは膨大なアメリカ軍の基地。復帰を切に願っていた主人公内間安男の心の変化を追う。

・『一幕一場・沖縄人類館』(ディレクター森口豁/1978年テレビ作品/25分/カラー)
 沖縄の劇団「創造」が演じる「人類館」1903年大阪内国勧業博覧会で二人の「沖縄人」が見世物として陳列された。

・『送還日記』(監督金東元/2003年/カラー)
 南北分断を経て1992年刑務所から出てきた老人―彼らは北のスパイだった。監督は彼らを北に送還させる運動に参加しつつ、最長で45年にわたり服役した彼らを人間味ある日常生活から描きだす。
・『1985年・花であること 聞き取り華僑2世徐(ジョ)翠(スイ)珍(チン)的在日』(監督金成日/2010年/75分/カラー)
徐翠珍さんは在日華僑2世。この日本社会を多民族共生の架け橋にしたいと願う徐さんの半生を記す。
・『恨を解いて、浄土を生きる』(監督西山正啓/2010年/85分/カラー)
「ゆんたんざ未来世」シリーズ第三弾は辺野古現地から始まり、チビチリガマ、恨(ハン)之碑、アメリカ本国でホームレスだったというメキシコ系米海兵隊員と彫刻家・金城実との交流、総理官邸前の抗議行動、県民総決起大会、6月23日沖縄慰霊の日に来沖した菅直人首相に抗議する人々、ラストは沖縄戦で亡くなった民間人の骨塚でもある「魂魄の塔」。

<上映スケジュール> ※全作品無料上映!
■12月28日(火) 三角公園にて
19:00 風ッ喰らい時逆しま ※野外上映!

■12月29日(水) ふるさとの家にて
10:00 朝鮮の子 
10:50 イルム 朴秋子さんの本名宣言 
―休憩―
15:00 熱い長い青春 ある沖縄の証言から 
15:40 一幕一場・沖縄人類館
18:20 送還日記 

■12月30日(木) ふるさとの家にて
10:00 イルム 朴秋子さんの本名宣言
11:00 花であること
―休憩―
14:30 朝鮮の子
15:30 送還日記

■12月31日(金) ふるさとの家にて
11:00 花であること 
13:00 恨を解いて、浄土を生きる
 
■1月3日(月) ふるさとの家にて
13:30 恨を解いて、浄土を生きる
15:30 熱い長い青春 ある沖縄の証言から
16:05 一幕一場・沖縄人類館 
<※上映終了後関西沖縄文庫・金城馨さんにお話を聞きます>
なお、三角公園では18:40よりがじまるの会による空手、島唄、エイサーが行われます。

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2010年12月19日

日曜新聞紙読書欄簡単レビュー:川瀬俊治

 今日は朝日、毎日とも見開きで「今年の3冊」を紹介しているが、読書欄の残る1面で取り上げた本を紹介しよう。文中敬称略。

 毎日は「この人・この3冊」でジャン・ジュネを取り上げている。3冊のうちジャン・ジュネは『泥棒日記』は読んだが、それ以外にエオドマン・ホワイト『ジュネ伝』上・下(河出書房新社、各4725円)、ジュネの詩集『ジャン・ジュネ詩集』(国文社、1995円)をあげている。評者は藤本晴美。ジュネが獄中にあったとき、当時のフランスを代表する知識人、サルトルらが救出運動を展開していた。日本の作家では三島由紀夫もジュネを高くかっていたが、三島の評価はジュネの「美意識の透明」「美に対する純粋な向き合うこと」にあったと記憶している。今回藤本の文を読み改めてジュネの感性の瑞々しさを知った。ジュネの死の前年まで交流を重ねた藤本の照会文はナミの紹介ではない。ジュネの文学的感性をこの1000字ほどの毎日のコーナーで縦横に昇華している。藤本はジュネと自殺未遂した3カ月後の1967年夏に知り会った。訪日したジュネについて書いている。ジュネは自殺未遂から立ち上がる再生の営みを日本に求めたのだ。日本での経験が、「私をユダヤーキリスト教道徳から解放してくれる」(『恋する虜』(人文書院))と書いていることにもふれている。日本語の響きに敏感であったエピソードは詩人のジュネを語るのに興味深い。ジュネは「「なぜ」という好奇心でどんなことにも深く純粋に向き合い」と藤本と書く。85年に出会ったとき、面白い小説を書いていると語ったという。ベットに臥せながら語ったが、1時間以上も語り続けてそのまま眠り込んだというエピソードが記されている。純粋無垢な子どものようなジュネをシンボリックに表現する藤本の渾身の哀悼のことばかもしれない。

 朝日は酒井法子『贖罪』(朝日新聞出版、1260円)を佐々木俊尚の書評で取り上げている。「陰影伴う昭和のアイドル」との見出しで惹きつけられて読むと、いまのアイドルとの違いを酒井の著が浮き立たせていることがわかる。それは昭和という時代に懸命にかけぬけた酒井の真摯な生き方が読み取れるからだ。「いまの時代のアイドルは真摯でないのか」というとそうではない。真摯なのだが、昭和のアイドルには陰影が伴うのである。それはなぜか。そのことには踏み込んでの書評ではないが、酒井のこの書はベストセラーでよく売れているという。酒井はいまも「アイドル」の影を引きずり再生しようとしている。

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2010年12月18日

コラム「風」南北対立をどう解消していくのか:川瀬俊治

 今日からの西海での韓国の軍事演習に共和国は反発している。11月23日のヨンピョン島攻撃のときも前段での警告が韓国側になされていたから、とりわけ心配する。

▼私の狭い範囲の交流だが、韓国の友人はあまり心配していないようだ。ただ在日韓国人の友人は「義勇兵募集するなら参加する」とまでいう。つまり韓国側の反撃への参加だ。そこまで立腹している。とにかくきな臭い雰囲気だ。困ったものだ。

▼もし金大中さんが生きていたら、ノ・ムヒョンさんが生きていたらとも思う。韓国側の特使として共和国への説得にあたるだろうし」、それなりの効果も期待できる。それがいまは手持ちがないのか。李明博大統領は強気の姿勢を崩していないし、太陽政策とは反対の方向に完全に舵を切った。

▼休戦協定や6・15宣言があるではないかと思うが、どういうことになっているのか。

▼韓国側の情報は韓国の新聞を読めばよくわかるが、共和国はぜんぜんわからない。また識者のコメントもあてにならない。11月24日朝刊の新聞各紙を読んで、読売の解説が一番いいと思ったが、被害の詳細がわかると正確にとらえていなかったように思う。

▼太陽政策に関して政策を進めたチョン・セヒョンさんの本が11月20日に韓国で出てよく読まれていると聞いた。第29、30代統一部長官をつとめ、金大中さんが立命館大学に招かれたとき同行していた方だ。この本を是非読みたい。だれが戦争を望んでいようか。

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