2010年12月27日
歴史的責任を痛感:川瀬俊治
奈良県王寺町での大和川改修工事の歴史を調べていて、町の引継ぎ文書が残されていたことは幸運だった。のべで35万人の労働者が1932年に亀ノ瀬の地滑りによる河床の隆起回復工事についた工事で、王寺町は工事概要などの資料を町史に掲載していた。
ただ工事は当時の国鉄のトンネルが押しつぶされる地すべりの事態に周辺町村では対応できず、工事は国に移管される。内務省管轄となる。
このことから国に資料は残されているかと、27日午前中に国会図書館関西館に調べに行ったら、直轄工事として亀ノ瀬での1932年工事概要ななく、翌年の33年の工事概要が電子化されて残っていた。内務省の1932年工事は依然として不明のままだ。
35万の労働者が就労した戦前最大の河川改修工事。すでに78年経過している歴史である。労働者の記録は一切ない。記録としては民衆の記録、証言は残っていない。聞き書きはいかに大事かを思い知らされる。当時工事についた人はもうおられないだろう。こうなると歴史を残せなかったのは後世の人間の責任にもなる。
歴史的責任ということがよく言われるが、聞き取りをせずに歴史として残せなかったわれわれの側の責任も一方であることを思い知る。王寺町の35万人が就労した工事で痛感することだ。
2010年12月23日
「米大統領 胡主席糾弾」という報道:川瀬俊治
毎日新聞22日の朝刊を読むと、イバマ米大統領が胡主席に「中国が甘やかしたから北朝鮮がヨンピョン島などの事件に発展させた」と直接不快感をあらわし電話会談で発言したと報じた。
韓国のジャーナリストに聞くと、「韓半島のカギはアメリカだ」といつもいう。今回もそうなのかと、改めてアメリカの影響力をおもい知った。共和国(北朝鮮)の過激な声明が消えたからだ。記事としては良い記事だ。
今回の事態を共和国の「終わりの始まりだ」と厳しい見方をする人が多いが、今月はじめに書いたように中国の動向は重要だ。無論アメリカもそうだが、中国がどう動くかがカギだろう。
この意向が反映したようで、金正日総書記と会談した中国の戴国務委員が「相当強く圧力をかけた」(毎日の報道から)という結果を生み、共和国側が平和監視組織を訪朝したアメリカのニューメキシコ州知事に提言したという。すごい威力だ。つまり中・米が真剣に事態打開に動かないと展望がないということを示してもいる。外勢を排するという南北両国の姿勢は根源にあったわけだが、そう簡単なことではない。
平和監視組織は南北両政府ににアメリカを加えたものだという。日本はどうなっているのかと思う。どんな展開を予想しているのか。長期的、短期的にである。
菅さんは邦人救出に自衛隊をーとの発言をして韓国の人に立腹させた。1890年代に東学農民戦争などでの日本の軍事介入の歴史をご存じないのかーと落胆する。いい東北アジアのブレーンはいないのか。民主党内のうちわでガタガタして、さっぱり外交での核がある行動見えてこない。
2010年12月17日
朝鮮民主主義人民共和国の呼称;川瀬俊治
ブログ記事で略称して「共和国」という用語を使っていると、「共和国は世界いたるところにある。これが略称はおかしい」という指摘を受けた。
しかし、この略称はよく使われている。学問の世界だが、『社会学評論』61号(2010年)に書いた李洪章さんの論文「朝鮮籍在日朝鮮人青年のナショナル・アイテンティと連帯戦略」では、「朝鮮民主主義人民共和国(以下、共和国)」として展開されている。何も「共和国」がおかしいわけではない。
「北朝鮮」との呼称がおかしいというのは、国連に加盟した国家を地域名で呼ぶのはおかしいーという論理だ。この論理は筋が通っている。
独裁国家にして、一族が支配を固め国家権力を世襲化し、かつ「先軍政治」を進める国家である。このことと地域名で呼ぶこととは別である。「独裁国家がどうして人民共和国なのか。共和国とは呼ぶのはおかしい」というのは、気持ちはわかるが、略称呼称を政治体制にまで考慮するのは逸脱した考えだ。
韓国は共和国を「北韓」と呼ぶことがあるが、朝鮮半島を「韓半島」と呼んで、その北側の地域として呼ぶ。『京畿新聞』11月25日の新聞が手元にあるが、やはり「北韓」だ。『朝鮮日報』『東亜日報』『中央日報』は言うに及ばない。
それではなぜ「共和国」という用語が使われるか。「朝鮮」と略する人もいるが、伝統的な呼称で、いまの国家を呼ぶには、どうもそぐわない感じだ。大韓民国の略称が「韓国」と「国」がつくから、同等にその「国」がつく「共和国」が座りがいいということになったのだろう。そう推察する。
「共和国」が核弾頭をつけた船舶(潜水艦も含める)の開発段階にすすんでいると昨日のニュースは報じていた。アメリカの巨大空母「ジョージワシントン」も一撃でしとめられるという。韓国西海岸の西海に入れないというわけだ。核を用いて交渉にあたる時代に朝鮮半島がとうとう到来したのかと思うと、本当に背筋が寒くなる。日本がそこで何ができるのか。その一端が時の首相が沖縄訪問で何を発言するかをまず注目したい。
2010年12月15日
メデイア・ウオッチング 80年前の最大の「コリアタウン」-奈良での土木工事で:川瀬俊治
奈良県の王寺町を中心にした亀の瀬の地すべり改修工事は、1932年の1年がかりで続けられた。
延べ労働者の数は旧王寺町史に載っていたが、たしか30万人を越えていたとある(1969年刊行の『王寺町史』407ページに延べ人数3566971人とある。「工事のため朝鮮人を含む数千人の労働者が来住したため学校を急増した。小学校を1、2両学年に2学級を増設」とある)。
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家族連れでの就労などで児童、生徒の学校での対応など大変だったと書いてあった。労働者の多くは朝鮮人であった。
当時の在日朝鮮人が加わった運動である全協の機関紙が周辺で発行されていたというから、奈良で当時最大の「コリアタウン」であったわけだ。工事が終わると人々はほかの工事現場に移り、「コリアタウン」は消えてしまう。
当時の新聞を見ると、これがひどい。差別用語を多用した朝鮮人関連報道が続出している。これに一般の読者はどうした感情をいだいたか。連日差別語を見出しにした報道。そして工事現場での事故多発。そこには何が心に形作られたか。差別する意識を根底に醸成したことは否めない。
これら報道の蓄積を新聞は本当に反省しているのか。新聞を読みながらつくづく思う。白日のもとにその歴史的事実を出して、検証するなどやっていないし、同様のことをしてきた日本の公共機関(裁判所、行政など)はほうかむりしている。これではネットの朝鮮人差別流布も下地があると受け止めざるをえない。
ものごとの事態には歴史的原因がある。その歴史性に背を向けて、いま出てきた現象だけ改める処置をしても解熱剤投与などの応急的処方箋をほどこしたことしかならない。
ではなぜ応急的で終始しているのか。これの論及が大きな課題なのだ。
2010年12月 7日
日本軍「慰安婦」被害告発した金学順さんの証言1991・8・14から20年だ:川瀬俊治
2000年12月の日本軍「慰安婦」制度を裁いた国際法廷から10年を考えるシンポが東京で開かれ、東京外国語大学の会場には500人が参加した。
パネラーの一人の韓国ものユンさんが最後に語っていたことで印象深いのは、2011年がこの蛮行制度を告発した韓国の金学順(キムハクスン)さんの証言から20年を迎えるという指摘だった。
1991年8月14日に被害者であることを名乗り出ることで日韓間の大きな歴史清算の課題を突きつけたことだ。「この8月14日には何らかの進展を見せて金学順さんの証言のこの日を記念ある日にしたい」という趣旨の発言をユンさんはした。
そうだ。日本の運動は11月25日国会に60万以上の問題解決を求める署名を提出した。すごい数字だ。さらに進めるべく取り組みを2011年展開すると関西の運動リーダーが壇上で宣言した。どうか金学順さんの証言から20年目の2011年こそ、日本軍「慰安婦」問題の公式謝罪、賠償、名誉回復の年にするため、何らかの法的制度の創設を求めたい。
民主党は野党時代に何度も解決をめざす法案を提出していたではないのか。どうなったと攻めるよりも、具体化に向けて進まねばならない。
2010年12月 6日
橋下大阪府知事が大阪市長選出馬? 2:川瀬俊治
メデイアでは知事候補として読売テレビに出ているキャスターの名前まで出していたが、これはメデイア権力以外にない。寒気すら覚える。
テレビは見ないからあまりわからないが、番組で露呈するのは仲間うちでの「談合的」会話だ。嫌気がさす。それが公権力を握るとなると、もうテレビ族という「特権階級」としか言いようがない。
今回の橋下知事の大阪市長選転出で、もし報道で特定の名前が出たキャスターが出るなら、テレビ番組での「仲間」が出てくるとなる。背筋が寒くなる。
大阪市民、大阪府民のやることだから、他府県民の私がいちいち口出すことではないが、テレビは大きな力をもつ。それが一定の意見を持った人しか出ないから、一定の人の発言が力をもつということになる。
有権者がそれでいいと思うなら仕方がないのかもしれないが、もっとメデイアリテラシーを磨く必要がある。
それにしても一年前ほどからこの構図を運動圏から聞いていたが、何もできないでいるとしか考えられない姿に、こちらの方も背筋が寒くなる。批判はいいが、こちらの側はどうなのか。それが問題なのだ。批判していて済むことではない。
橋下大阪府知事が大阪市長選出馬?:川瀬俊治
橋下大阪府知事が大阪市長選出馬? こうした動向は以前からうわさされていたが、「出馬を否定しない」とのニュアンスの会見での発言が飛び出し、うわさの域から一歩進んだ感じだ。
地域政党・大阪維新の会が「大阪都」構想から大阪府、大阪市とも制圧するということで、橋下知事の大阪市長選出馬の「正当性」が出てきたというわけだ。
では知事選はだれなのか。以前からのうわさはテレビキャスターとの声が知事の大阪市長選出馬と抱き合わせでうわさで流れていたが、「ほんまかいなあ」と首をかしげれる。
わざわざジャーナリズムの世界で仕事をこなしている人が赤字財政再建の当事者になるなど損なことだ。
平松大阪市長は「いちいち反応してられない」とのコメントがニュースで流れていたが、正しい反応だ。海のものとも山のものともわからない選挙情報に右往左往する必要もないだろう。
2010年12月 2日
共和国情報の読み方:川瀬俊治
韓国で共和国での粛正が300人が出たと聞いた一方、あるジャーナリストに尋ねると「そういう情報はほとんどあてにならいない」と一笑された。共和国の情報はほとんど裏が取れないからあてにならい。
ということは日本の週刊誌で報じた今回の砲撃事件(11・23事態)以後出てきた情報はほとんどあてにならいない。
11・23事態を報じた新聞で一番解説で光っていたのが読売の11月24日朝刊の解説記事だった。「軍事施設攻撃をさけた」と書かれ今回の事態の意図を書いたが、被害の実態があきらかになると、軍事施設も被害を受けていた。
つまり一番信頼していた解説記事が翌日の段階で信頼できなくなったのだ。
11月30日の韓国の「文化日報」トップ記事は李明博政権は「北のレジム(体制)変換まで見越した方針をたてる」との内容で報じたが、日本の「朝日新聞」夕刊は外交電文の暴露をネットが行い、韓米中間のやりとりが明らかになったーと報じた。
中国大使は共和国の存続と緩衝地帯としての役割に疑問をもっており、韓米管理でポスト共和国にあたるのが一番だとのやりとりがなされたーといった内容の報道だったが、「文化日報」はこれらの情報を加味して青瓦台の共和国方針を書いたのではないのかと感じた。
共和国の情報は、①まず疑ってかかれ。週刊誌は言うに及ばす、新聞ですら②アメリカの動向なくして先は読めない。アメリカ情報を丹念に調べることーということが言える。
いずれにしろいい加減な情報にまどわされずにいることだ。韓国住民は戦争は2度と起こしたくない。共和国は戦争になれが自国―金正日体制が滅びることは十分知っている。ただ世襲をなんとかやり遂げたいと考えている。「世襲での軍事手柄の神話づくり」という指摘はあたっているように思える。
いたって平穏は韓国市民と会い安心したが、日本は米に付くことでしか何もできないのかと思うと心がしぼむ。
2010年11月30日
学生の「ソン」ということばは何?:川瀬俊治
クエンチャネヨ と言われれば、日本人が一番知る 朝鮮語 である。 大丈夫 とか、任せなさい とか、肯定的意志を あらわす 代表的 ことば だ。
2010年11月29日
世襲移行期の共和国と軍事的競争が米中を動かす:川瀬俊治
韓国の何人かの知人、先輩に尋ねたが、戦争への危険性を指摘する人は皆無だった。ジャーナリスト、作家、学者の5人ほどだ。
2010年11月28日
米韓軍事演習でのキーワードは中国の対応:川瀬俊治
今日からの米韓軍事演習をどうらえるのかーのキーワードは中国の対応である。
今回の共和国のヨンピョン島への砲撃以降、朝鮮半島は一気に緊張が高まり、訪韓する日本人へ心配するような事態も日本でおきているが、どうしてソウルやプサンにいる邦人が共和国の砲撃に遭うなど考えられようか。
そのあたりの話は今回は別にして今回の米韓軍事演習についてのキーワードを考えてみたい。
2010年10月27日
「逆境」ーテーマはいいが、いつも東京の新聞企画が紙面を占める:川瀬俊治
新聞は東京で作られているー最近そうした感をますます強くしている。朝日新聞の耕論のコーナーはいつも楽しみだが、これがもろ東京中心。26日はとりわけ読んでいて「大阪、九州などの他地域の記者は地団駄踏んでいるだろう」と思った。
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