川瀬俊治の「森羅万象」

2010年12月18日

コラム「風」南北対立をどう解消していくのか:川瀬俊治

 今日からの西海での韓国の軍事演習に共和国は反発している。11月23日のヨンピョン島攻撃のときも前段での警告が韓国側になされていたから、とりわけ心配する。

▼私の狭い範囲の交流だが、韓国の友人はあまり心配していないようだ。ただ在日韓国人の友人は「義勇兵募集するなら参加する」とまでいう。つまり韓国側の反撃への参加だ。そこまで立腹している。とにかくきな臭い雰囲気だ。困ったものだ。

▼もし金大中さんが生きていたら、ノ・ムヒョンさんが生きていたらとも思う。韓国側の特使として共和国への説得にあたるだろうし」、それなりの効果も期待できる。それがいまは手持ちがないのか。李明博大統領は強気の姿勢を崩していないし、太陽政策とは反対の方向に完全に舵を切った。

▼休戦協定や6・15宣言があるではないかと思うが、どういうことになっているのか。

▼韓国側の情報は韓国の新聞を読めばよくわかるが、共和国はぜんぜんわからない。また識者のコメントもあてにならない。11月24日朝刊の新聞各紙を読んで、読売の解説が一番いいと思ったが、被害の詳細がわかると正確にとらえていなかったように思う。

▼太陽政策に関して政策を進めたチョン・セヒョンさんの本が11月20日に韓国で出てよく読まれていると聞いた。第29、30代統一部長官をつとめ、金大中さんが立命館大学に招かれたとき同行していた方だ。この本を是非読みたい。だれが戦争を望んでいようか。

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2010年12月 4日

コラム「風」共和国の情報と民衆の動向:川瀬俊治

共和国の情報の読み方で2日前に書いた以外の方法は、歴史問題と民衆の息吹である。
 
▼金日成主席から金正日総書記への世襲移行期にも同じ軍事の暴発事件があったから、今回も移行期の「軍勲」を指摘する人が多い。歴史的に類似事件が起きていたということである。

▼だから当初論じられた一部軍部の冒険主義というのは初めから信じていなかった。そんな恣意的はことができないお国柄と思うからだ。

▼世襲については500年続いた朝鮮王朝を類推されるが、まったく違う。朝鮮王朝は宋代に完成した朱子学を国家理念として取り入れた国家であり、世襲といっても、たとえば、ハングルの創始者世宗が王になるのも、長子相続ではない3男であった世宗が王家を継いだ。朱子学の難関な科挙試験を通った官僚の意見は大きくものを言った。

▼共和国でその朱子学的選抜により国家の官僚に選ばれる伝統は残っているとは思うが、官僚の意見が世襲に反映されるとはとても思えない。ようは最高実力者の意向がどうなのかを知ることしか今後の動向を占うバロメーターはない。

▼しかし共和国は社会主義を任じているのである。教育費、医療費はただであり、対等に分けることが民衆の間の根付いていると聞く。この末端の民衆の動向をどうつかみ交流していくのか。「北バッシング」が先行する日本社会に対しては冷静に対処して、民衆動向をつかむ努力がわれわれに求められている。それはNGOなどが直接送付する食料支援などが民衆の現実の一端を知る窓口になることは言うまでもない。

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2010年10月30日

コラム「風」動くものと変わらぬものー仏教研究の一端:川瀬俊治

佼成出版社の『東アジア仏教史』全15巻が刊行されている。旧版の全集のいくつかは目を通したことがあるが、すでに40年近く時が経過している。



▼この間、仏教学の発展は目を見張るものがある。この間、注目していたのは駒沢大学の俊英学者で、袴谷憲昭『本覚思想批判』では「悉有仏性」の本覚思想が仏教ではないとの解釈を読み衝撃を受けた経験があるし、また松本史朗『縁起と空』の如来蔵思想批判でも文献に裏付けられた論考に目を見張ったものだ。



▼シリーズの『仏典からみた仏教世界』では、論文を包括するタイトルが「解釈学の進展」とか「思想の深化」など、これまでとは明らかに異なる方法が出てきていることがわかる。実証的方法だけでは深層に迫れないとみる研究者の果敢な挑戦だとみる。



▼仏教の根幹には縁起をどうとらえるかにあるわけだが、ここの解釈、研究は徹底した実証性が求められるようで、新たな概念からの解釈なり研究はみられないのではないだろうか。それは縁起の解釈が最も地に足をつけたものだからだろう。基層にあるということか。



▼最近は仏教の思想なり成果が見直されてきている。対立と暴力の世紀は20世紀をへて21世紀に入ってもなかなか終息をみせないからだ。絶対神を否定し、神秘主義に傾かない、換言すれば理性的というか、観念性を克服するというか、その穏やかさに現代人は惹かれるのかもしれない。



▼お経は何千となく唱えることで体に入るという。それは読書の極意に通じることかもしれない。

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