'."\n" ?> 伽耶雅人の「奈良の奥山から」:ビーズ (パミールのはてに) vol.14 伽耶雅人
伽耶雅人の「奈良の奥山から」

2010年11月29日

ビーズ (パミールのはてに) vol.14 伽耶雅人

アンナはビーズに機関銃を岩陰に固定させ、自身はロケット砲を構えた。
三台のトラックは川の蛇行部分に差しかかっている。車とこちらの直線距離はもはや300メートルほどしかない。心臓は早鐘を打つ。ビーズは5人の若者たちの死体を思い出した。ぞっとする光景だった。アンナを同じように死なせたくない。
このままでは、勿論、殺し合いになる。今ならアンナの手を引いてここから逃げることができる。先頭の車はカーブを回り切って、正面をこちらに向けている。ビーズが声を出そうとした。
その時、「ドン」という音と共にアンナのロケット砲から鉄の塊が飛び出した。
あっと言う間に先頭のトラックに到達して、爆発する... いや、爆発しない...
不発かと思った瞬間、地を揺るがすような轟音とともに砲弾は炸裂した。先頭の車は大きく揺れて火を吹き、動きを止めた。乗員は全滅か。よく見えない。犬の吠える声が聞こえてきた。同時に、二台目、三台目のトラックから兵士がぱらぱらと道路に散らばった。
アンナが「やって!」という。もう逃げようがない。アンナを生かすには戦うしかない。自分は死んでもいい。アンナを守ろう。「よし、やろう」
ビーズは教わったとおり、弾帯が絡まらないよう注意しながら、射撃を始めた。
最初、機銃弾は上に飛んだり、下を叩いたりしたが、照準射撃の要領をつかむと、すぐに命中し始めた。3~4人が転がった。医者の心が疼く。
ここから飛び出していって、傷ついた兵士を助けたい。しかし、今それは出来ない相談だ。これで俺も殺人者だ。敵に殺されても文句は言えない。
「アンナを守る。俺は殺されてもいい」ビーズはそれだけを何度も繰り返し、銃弾を撃ちまくった。そのうち、心が少し落ち着いてきた。同時に、弾帯の残りが短くなっているのに気付いた。教わったとおりに新しい弾帯に切り替えた。が、先の尖った銃弾の列を見ているうちに、これ以上人を殺したくなかった。いや、人を殺すことが恐くなった。
そこで、ビーズは敵が前に出て来ないように、彼らの前面を撃ち続けた。犬が見えれば、後々のことを考えて犬を撃ち殺しておきたかったが、よほど訓練された軍用犬らしく見事に鳴りを潜めており、こちらからはその姿を見ることが出来なかった。
少しの間をおいてアンナの第二弾が飛んだ。横腹をこちらに向けた二台目のトラックが向う側に引っくり返り、火を吹いた。アンナが「少し退却して。位置を変えるのよ」という。ビーズは這ったまま、機関銃を持って道沿いに退却した。
敵弾が、さっきまでビーズたちがいた場所に飛来し始めた。
敵は恐怖からか、ほとんど盲撃ちをしている。中には自分から崖を転げ落ちる者もいた。
トラックの影に隠れて銃を撃つものもいたが、殆んどがトラックの後方に後ずさりしていった。ビーズは這いながら更に30メートルほど道路沿いに退いた。
潅木の塊があったので、機関銃をそこに隠すように据え付けた。
三台目のトラックの屋根に据え付けられた機関銃が、こちらに銃口を向けて火を吹き始めた。今のところは狙いが定まっていないが、ビーズは敵弾がアンナに当たっては大変と思い「アンナ、早く下がれ」と叫び、敵の機銃座を狙って撃ちまくった。
トラックのガラスが割れて吹っ飛んだ。トラックのラジエータにも着弾したのか、トラックの前部に白い湯気が立った。敵の機関銃は静かになった。
双眼鏡で覗くまでもなく、敵兵は後方への退却を始めている。ビーズは思った。あの若者達も好きこのんで死地に赴いたわけではなかろう。お互いこれ以上闘う意味はなさそうだ。彼はアンナに振り向き、叫んだ。「もう大丈夫だ。これ以上やることはなかろう。俺が援護するから、先に岩穴に戻れ」
アンナを逃がしてから、敵前方の道路に最後の弾丸を撃ちつけた。
敵からの応射は途絶えていた。ビーズは銃弾のない機関銃と、砲弾のないロケット砲を川に投げ捨てた。彼は敵の追尾をおそれて、岩穴に直接に戻らないで、遠回りした。
途中で雨が降り出した。体も濡れたが、心も雨に濡れていた。
「俺は少なくとも3~4人の兵を殺した。もしかしたら10人近く殺したかもしれない。もし、彼らの母親とここで会ったら、何といって言い訳をすれば良いのか。敵のトラックが来たとき、アンナがいやがっても彼女の手を引っ張って逃げるべきだった。俺はここに何をしに来たのか」
暗い気持ちで岩穴に着いた。アンナは岩穴の中で震えていた。ビーズはアンナの額に手を当てた。高い熱があった。「あーん」させて喉を見た。
喉の奥が赤く腫れている。アンナの胸に耳を当てた。少しざらつき音が聞こえた。のど風邪を引いているようだ。寒さ、緊張、疲労、それに栄養不足が原因だろう。
先ず、毛布でくるんで寝かせた。気管支炎や肺炎を起こさせないよう注意せねばならない。とにかく、体を暖め、休ませ、栄養をつけてやらねばならない。
ビーズはずっと両手でアンナの体を擦(さす)っていたが、夕暮れになると岩穴を出て、山の斜面から軍兵が残っていないのを確認して、道路に出た。
ひっくり返ったトラックにもぐり込み、携帯燃料や牛肉の缶詰、救急箱などをあさった。朝には倍の敵がここに来るだろうから、明日はトラックにはもう近づけない。今のうちに、出来るだけ多くの物を頂くことにした。鉄製のヘルメットも拝借した。
岩穴に戻り、奪ってきた軍用の携帯燃料を使って火をおこし、鉄ヘルメットで湯を沸かした。岩穴の中が暖まってきた。同じく奪ってきた薬箱からアスピリンを取り出して、アンナに飲ませ、それに加えて、昔、おお先生から教わった療法を彼女に施すことにした。
先ず、体をしっかり揉みほぐし、お湯で時間をかけて両足を温める。
牛肉缶を暖め、アンナに食べさせた。お腹が落ち着いたところで、後頭部、首、肩、腰、脚を指圧した。アンナはまだ高い熱があるが、気持ち良さそうに寝入った。
その寝顔には赤らみが差し、それはまだ愛らしい少女の貌を残していた。ヨシフ以外にもアンナに惚れている男は少なくなかろう。そう言えば、ヨシフはもういない。寂しい。今まで感じたことのない寂しさだ。なぜ、人は殺しあうのだろう。
とにかく、まず戦争をやめさせる手立てを考えねば... あれこれ思いながら、ビーズは岩穴から外に出た。夜の闇がこれほど暗いものだということを初めて知った。二頭の馬が気になった。火種を頼りに彼らの居場所に行き、背を撫でてやり、餌を与え、彼らを岩穴に近づけた。

朝になり、ビーズは道路の様子を見るために山を中腹まで下った。やはり、敵軍が来ていた。戦車一台を先頭にトラック三台が並んでいて、数人の歩兵が最後尾のトラックに兵士の死体を収容しようとしている。同時に、破壊されたトラックを崖下に落として、戦車を前に出そうとしている。「逃げるのは今しかない」ビーズは急いで岩穴に戻り、荷物を全て一頭の馬の背に乗せ、アンナを毛布でくるみ、二人で一頭の馬に相乗りした。アンナはまだ熱と咳があり、顔は赤らんでいたが、きのうよりは元気だった。
山を越え、谷を渡って反政府軍の拠点ブルガに引き返すことにした。山中では見当がつかないが、とにかく東に向かって馬を走らせた。
夕方近く途中の小川で休憩した。鱒のような魚が群れているので、木槍を数本作った。魚を目がけて、力まかせに水中に槍を打ち込むが、全然、命中しない。場所を変えて、精神を集中する。しかしビーズが槍を構えた途端、魚は彼の殺気を感じて逃げてしまう。
ビーズは光の屈折率というものを考えていなかったから、実際にいる場所より遠くに槍を投げ込んでいた。何度か失敗した後にこれに気付いた。
少し近めに狙いを定めて、思い切り投げつけた。まぐれか、魚の頭の部分に木槍が当たった。槍は魚の体には突き刺さらなかった。だが、魚は脳震盪でも起こしたのか死んだように横向きになった。
ビーズは急いでそれを水中から拾い上げた。長さ40cmほどの鱒のような魚だった。
その後、水中の魚を目がけて何度も槍を投げつけたが、槍が手を離れる前に魚は逃げの態勢に入り、まぐれは二度と起こらなかった。彼は枯れ枝を集めて火を起こした。

2010年11月29日 12:00

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コメント(2)

ビーズ (パミールのはてに) vol.14

面白い。静かなるドンを思い出させる名作の展開だ。

お便りありがとうございます。
コメントをいただいて心から嬉しく思います。
これからもご指導、ご鞭撻よろしくお願いいたします。
ところで、民主党についてお書きになられていますね。私はつくづく思うのですが、人間とは悲しい存在ですね。主義、思想は創成期、迫害や弾圧を受けている頃が最も輝いている。
キリスト教だって、マルクス主義だって、、迫害、弾圧が解かれて、市民権を得て、組織が固まると、改革の情熱も人への愛も忘れてしまう、、、身近な話、今の民主党、早々と保守反動化、、(絶句)

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