'."\n" ?> 伽耶雅人の「奈良の奥山から」:ビーズ (パミールのはてに) vol.23 伽耶雅人
伽耶雅人の「奈良の奥山から」

2010年12月20日

ビーズ (パミールのはてに) vol.23 伽耶雅人

リナは顔を赤らめ、「ビーズ、私を救ってくれて有難う」と言う。
「まだ救っていない。これからだ。リナ、いいか、その棒を取って、私の手に渡してくれ」
リナの体は、耳元で囁くビーズの声に反応して小刻みに震えた。
彼女は目を閉じて、懸命に手を延ばした。棒を握った。
ビーズは右手でリナから棒を受け取ると、それを崩れた壁の端に押し当て、あらん限りの力で押し、キャビネットと体ごと左にずらした。
キャビネットと体が少しずれた瞬間、両腕に自由が戻った。そして彼は腕と足の力で一気にキャビネットを持ち上げた。「さあ、ここから抜け出るんだ、リナ」
「私、もうだめ。ビーズ、あなたと離れたくない」
バターン!とキャビネットが再びビーズの背の上に落ちてきた。彼はショックを受け、取り乱してしまった。必死の「腕立て伏せ」をもう一度やる羽目になった。
再度、あらん限りの力でキャビネットを持ち上げ、その下からまずリナを、そしてリナの助けを借りてビーズも無事に抜け出したが、心は散り散りに乱れたままだった。
気が付けば、二人は破壊された診療所の外に出ていた。そしてビーデルを探した。ビーデルはゴミとホコリの中で腹を裂かれ、血だらけになっていた。ロケット弾の爆風か破片でやられたのだろう。
「ビーズ、僕の本は無事かな」
「大丈夫だよ。今、何も喋らない方が良い」
「お母さんが心配だ」
「ベーラも無事だよ。ビーデル、山に蜂蜜を取りに行こう。タジクの歴史も教えてくれ。一緒にこの国をよくするんだ」
「有難う、ビーズ」
リナが「ビーデル、ビーデル」と叫んだ。しかし、ビーデルはすでに息絶えていた。
その顔にはあどけない少年の笑みが浮かんでいた。
ビーズは「なぜ、こんな子供まで殺さねばならないのか」と声を震わせた。
うめき声を上げていた患者も息絶えていた。床の上に鮮やかな血が流れていた。
ベーラのことが心配になった。
リナと走った。村の所々に火や煙が立ち、悲痛な泣き声があちこちから聞こえていた。
ビーズとリナはベーラの家に着いた。
彼女も死んでいた。攻撃ヘリからの機銃掃射を受けて倒れていた。頭と腰が砕かれていた。
路上には機銃弾の走った跡が残っていた。最初ここに来たときと同じように、庭には色とりどりの花が咲き、葡萄の蔓がその上を覆っていた。だが、もう女主人はいない。
ベーラに何の罪があったのだろう。少なくとも彼女はイスラム・ゲリラではない。
「許せない。俺も闘う。奴らをぶっ殺してやる」
「ビーズ、あなたは人を殺しては駄目。お願い、殺しあいからは何も生まれない。
憎しみと殺しあいがいつまでも続くだけ。お願い、仕返しなど考えないで、人を救って」
リナは一瞬にして身寄りをすべて失った。どんなに辛かろう。それでも復讐ではなく、人を救えと言う。リナの言葉がビーズの心に痛いほど響いた。そうだ、俺もそのためにここに来た。あの時、俺が自殺を思いとどまったのは仕返しのためではない。仕返しなら誰にでも出来る。だが、それは本当の聖戦(ジハード)ではない。血みどろになって一人でも多くの人を救うことだ。それが俺のジハードだ。
「分かった。リナの言う通りだ。今から、何も考えずブッチャー(肉切り屋)を始める。リナ、手術を手伝ってくれ。先ず、生きている者で救助隊を作ろう。皆に呼びかけてくれ。負傷者を村の真ん中に集めよう。それに食料確保だ」
「診療所の薬は全滅したんじゃないの」
「山の洞穴に少し蓄えてある。当座は大丈夫だろう」

負傷者が村の真ん中に集められると、ビーズ達の精力的な作業が始まった。
ビーズとリナは寝る間もなく、血だらけ、肉だらけで働いた。ビーズが日本から持参した薬剤は最初の段階であっという間になくなってしまった。重傷患者は死んでいった。村のあちこちの火は消えたが、泣き声は夜遅くまで続いた。新たに運ばれて来た者も、かなりの数が死んでいった。
負傷した子供が出血多量で死にかけている。血液型も何も分からない。
母親が「私の血をこの子に輸血してください。この子の出血を止めてください。助けてください、神さま」と泣き叫ぶ。
ビーズが「血液型が合わず拒絶反応を起こすかもしれない、危険だ。それに輸血しても、この状態では.. 」と言うと、傍のボロ毛布の上に寝かされていた四十過ぎの男が「わしは0型だから、大丈夫だ。必要なだけ血を抜いてくれ。大事な女房と子供はわしの目の前で吹っ飛ばされた。今更、生き残る気もしない。さあ、やってくれ」と服の腕を捲くりあげた。
「アリョーシカ、助かったね。神さまにお願いが通じたんだ。ねえ、アリョーシ、アリョーシ、目を開けて。アリョーシ、息をしとくれ。死んじゃいやだ。神さま、お願い.. 」
ビーズはアリョーシカの瞳孔に光を当て、首を横に振った。
生き残った者は、子供も老人も敵を呪い、復讐を誓った。
ビーズは思った。死ぬも地獄、生きるも地獄か。家を焼かれ、家族を殺される。これでは復讐を考えない方がおかしいな。しかし、それでは、確かに際限のない殺しあいが続く。
殺しあいを止めさせなければならない。ただ、どうすれば良いのか、、答えはなかった。
ビーズはこの地獄絵も写真にしておいた。

ただ、このような修羅場でも3~4日経つと、それなりに落ちついて来る。死ぬ者と生き残る者の区別がはっきりしてくる。悲しみが内向する。
リナは肉切り作業が一段落した頃から悲しみを内向させ始めた。
母と弟の遺体を庭の隅に並べて埋め、丸石の墓を作った。アンナの墓もその傍に移した。リナは「ひとりで寝るのが恐い」という。ビーズはリナの家に移り住み、同じ部屋でベッドを二台並べた。
朝になっても彼女は家を出ず、何時間も黙って墓を見つめていた。
ビーズはリナをそのままにして作業場に通った。夜、家に帰るとマニ車があの日と同じ乾いた音を立てていた。あの日、ベーラはアンナの死を悼んで泣いた。今、リナは家族全員を失い、一人ぼっちになってしまった。

夏の雨が降る日、ビーズはいつものように夜遅く帰宅して、バタンキューと寝入った。
夜の3時頃、隣りのベッドで泣く声がする。ビーズは起き上がり、そっとリナのベッドに入り、彼女を抱きしめた。リナは一瞬、ビクッと体を緊張させたが、ビーズの気持ちが通じたのか、緊張を解き、赤ん坊が母親に甘えるようにビーズの胸に顔をうずめてきた。ビーズはリナが泣きやみ、寝入るまで彼女を抱きしめていた。

リナが目覚めるとビーズは既にいなかった。彼女はビーズの昼食を作り、作業場に向かった。そして、これを切っ掛けに彼女はそのまま作業場に残り、再びビーズの仕事を手伝うようになった。少しずつ明るさを取り戻してきた。
こういう生活が何日か続いたが、ビーズはリナが傍で寝ていることに耐えられなくなってきた。

魔境で見つけた蓮の池.jpg

大阪、京都、奈良の「魔の三角地帯」で見つけた蓮の池

2010年12月20日 12:00

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