'."\n" ?> 伽耶雅人の「奈良の奥山から」:ビーズ (パミールのはてに) vol.24 伽耶雅人
伽耶雅人の「奈良の奥山から」

2010年12月22日

ビーズ (パミールのはてに) vol.24 伽耶雅人

「私のベッドを隣りの部屋に移したいが... 」
「私が嫌い?」
「いや、かわいい。好きだ。でも、君は私の妻の妹だ」
「好きなら、愛してほしい。私はあなたを愛している。でも、今までと同じようにお姉さんも愛してほしい。私はお姉さんが好きだから、昔と同じようにお姉さんを大事にしてほしい」という。ビーズにとっては不可解だった。「アンナを忘れてくれ」と言われるほうが分りやすかった。
「君とアンナを同時に愛せっていうのか」
「そうよ」
ビーズがこの村にやって来てすぐのことだが、彼はリナに愛馬ジュリエットを贈った。
この地方では男が女に馬や羊を贈ることはプロポーズであり、それを受け取ることがプロポーズを受けることである。ビーズがそれを知っていて高価な馬をプレゼントしてくれたのかどうかは分らない。半信半疑に揺れながら、リナの心はすでにビーズのものだった。
それに、もうひとつの事情がある。昔からこの地方では、両親さえ認めれば、姉と妹が一人の男を共通の夫とすることは決して不思議なことではなかった。一人の男が3~4人の姉妹すべてを妻とすることもあった。それが姉妹ではなく、親類の女でも、全く無縁の女であっても許された。
その前提として男はすべての妻を平等に愛し、生活を保障しなければならない。要するに、よほどの器量のある男でなければならない。
村人の話では「昔、この地方では(他の地方も同じだろうが)部族間の争いが絶えることなく、多くの男が戦闘で死んだ。そのため、女に対して男の数が極端に不足していた。嫁ぎ先のない不幸な女たちを救うために自然発生的に一夫多妻制が生まれ、アッラーの掟として世に認知された」そうだ。
社会主義ソ連の時代、一夫多妻は公式には否定された。しかし経済的な事情もあって、これは隠然と続けられていた。その場合、すべての子供は主婦(主たる妻)の子供として出生届けがなされた。時期が重なって生まれた場合は、あとの子の出生届けを遅らせた。
夜、ビーズが寝入ったのを見計らって、りナはアンナの遺影の前に立ち、「私、お姉さんに代わってビーズを命がけで愛すから、許してね」「彼はお姉さんに気兼ねしているみたい。お姉さんも協力してね」と語りかけていた。
リナの愛を知った日からビーズの心にはいつもリナがいた。
ただ、ビーズにとってアンナは長い間(とまで行かなかったが)苦楽をともにした古女房、、一方、リナは今やかけがえのない心の妻だった。「どうも、俺には(同時に複数の女性を愛す)器量がなさそうだ」

しばらくしてビーズは帰宅後、日記のようなものを書き始めた。
「何を書いているの」
「手記だ。いや、アピールというべきかな。私がキルギスに来て、タジクに入ってから、今までのことを嘘も誇張もなしに書き綴ろうと思う」
「それをどうするの」
「これを君と一緒にキルギスかどこかに持ち出して、メディアに載せようと思う。
世界中に真実を伝える。戦争当事者の両方にも伝える。戦争が弱い者をどんなに苦しめているか。世界中の人々に殺しあいをやめさせるよう訴える。以前、あるジャーナリストから『生の声が人を動かし、生の映像が世界を変える』と言われたことがある。私の実体験を基にしたアピールと自分で撮った映像を世界に発信しようと思う。難しいかな」
「いいえ、よく分るわ。あなた、ロシア語もうまくなったわ」
「そうか。ありがとう。それから、、こちらから払うものは何もないが、ここに医薬品や医療機、出来れば医師団を送り込んでもらうよう要請するつもりだ。もう医薬品の蓄えも底をついてきた。自分一人では既に限界だ。だから急いで手記とアピールをまとめる」
「すごい。それが出来れば最高じゃない。私、何でもする。言いつけてね。それから、一緒に旅に出れるって本当なの? すごく嬉しい。踊りだしたいほどよ」
「そうだ、一緒に行く。あのとき、アンナを連れて行かなかったことを後悔している。もう失敗は繰り返したくない」
「一緒に行けば、死ぬのも一緒ということね」
「そうだ。ともに生きよう。ビーデルと約束しただろう。この国を良くするって。生きてこの国を泣く者のいない国にするんだ」
リナはビーズが自分を連れて行くと言い出したとき確信した。「ビーズも私を愛している。本当に私は一緒に死んでもいい」と思った。
ビーズは患者が待つ「作業場」で働き、且つ寝る時間も惜しんで手記を書いた。
それから2週間ほど経って、ようやくキルギス向け出発の段取りがついた。
ビーズは村の主だった者を呼び、事情を説明することにした。
ビーズの考えを聞いて、リナは「そのまま喋っては駄目。彼らは復讐心に燃えている。それを止めようとしたら、必ず反撥が出る。下手をすれば刺されるかもしれない」という。
結局、村人にはアピールのことは言わず、「キルギスに医薬品や医療機の補給を頼みに行く」ということにした。村の皆が「餞別だ」と言って、ただでさえ不足している食料とキルギスの通貨を二人に渡してくれた。
「何かのために」とタジク人名の身分証明書(パスポート)も用意してくれた。爆撃で死んだ村人のパスポートだった。年恰好はビーズと同じぐらい、名前はイスティム・アト・ムハメドフと記されていた。その写真をビーズの写真に貼り替え、スタンプのような模様を書き込むと、偽造パスポートが出来上がった。ビーズは軍警の検問時やホテル・チェックインの際にこれを使えばいい。
イスティムの妻がリナに「これを持って行きなさい」と自分のパスポートを手渡してくれた。勿論、写真は貼り替え、スタンプのような模様が書き込まれていた。これでふたりは晴れて(書面上の)夫婦となった。
元気の良い若者たちが同行を申し込んできたが、ビーズは「暗視鏡を使って目的地まで夜行するから、目立たない方が良い。二人だけで行く」と断った。
彼らは一旦引き下がったが、村の老人たちに「お医者さんに死なれては困る。彼はアラーが我々に遣わされた神の使者だ。お前らの命を賭けて守れ」と命令され、ビーズたちに悟られないように警護することにした。若者たちは二人の前後を固めることにした。
そういう事情を知らないビーズはリナの身に危険が及ばないよう用心深く行動した。

村人たちはビーズとリナが一緒に行くこと、つまりビーズとリナが夫婦になることは当然のことと受けとめていた。彼らから見れば、ビーズの妻アンナの妹なら当然の義務でもあった。
なによりも村人はビーズがこの村に永住してくれることを望んだ。それにはこの村で所帯を持ってもらわねばならない。村人にとってリナはビーズの新妻としてまさに申し分ない存在だった。
村人はリナをダーマ(奥さん)と呼ぶようになった。正式に結婚もしていないビーズは少し訝(いぶか)しく感じたが、リナがそれに満足しているなら、それでもいいと思った。とにかく、リナが明るさを取り戻してくれるのが嬉しかった。

リナは甲斐甲斐しく二人分の着替えと毛布、数日分のチーズ、パン、ワインを用意し、二つのリュックサックに詰め込んだ。そして、出発の時が来た。
これは彼女にとっては今までの人生で最上の時だった。いつ死んでも構わないと思っている彼女にとって、道中は幸せと感動の連続だった。見る物すべてが新鮮だった。夜明け前の山々も、野の花も、水の流れも。
日中は迷彩色のビニールシートの下で仮眠を取ったり、食事をしたり、リナからタジクの歌を教わったりして時を過ごした。ビーズはリナの歌を聴いていてタジク語の美しさに気付いた。「これなら、苦労して憶える価値はある」と思った。

出発して数日後、二人が身を潜める森の上空をヘリが飛んでゆくのが見えた。
ロシア軍と武装イスラムとの激戦地はアフガン国境に近いタジクの南部地方で、東部僻地のパミール高原は比較的平穏だった。しかし、最近はヘリの飛来回数が増えた。それに、一編隊の機数も増えた。2~3機だったのが5~6機に増えている。今まで偵察が主だったが、攻撃編隊に変わっている。ビーズはヘリの編隊を見上げながら「これはおかしな事になりそうだ」と暗い気持ちになった。
事態はビーズが心配した通りだった。現在、政府軍=ロシア軍は首都での連続爆破テロの首謀者、コマンジール・イズミールを血眼になって追いかけている。コマンジールとは司令官、即ち首領、集団のボスという意味だ。そのコマンジール・イズミールが東部パミール高原に身を潜めているという噂が流れた。ヘリの飛来が増えたのはイズミールとその一味の探索に関係していた。

甘く儚き月下美人花.JPG

月下美人、とても儚く、愛すべき花でした。なぜか私の誕生日の前夜9時頃に蕾が膨らみ始め、大きく開花し、甘く香り、夜12時を越えると萎み始め、2~3時にはその一生を終えてしまいました。これはリナに捧げる一枚です。

2010年12月22日 12:00

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コメント(2)

物語りも新たな展開で今後又ハラハラする予感。

月下美人はこの物語の二人目のヒロインにピッタリのイメージで見事に美しい。

 目へのビタミン。

K.Ishikawaさま
コメントありがとうございます。
これを書いていると、タジクやキルギスの風景が眼前に浮かんできます。元気なうちにもう一度旅してみたい。リナにも会えるかもしれない、と夢想しています。
伽耶 拝

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