2011年1月26日
ウィキリークスは世界に波及する 三室勇
チュニジアの「ジャスミン革命」にウィキリークス情報、ソーシャルネットワークサービス(SNS)のファイスブックやツイッターなどが活用された話は、ネットでは常識として語られている。そういえば「ジャスミン革命」はウィキペディアに解説事項が各国語で掲載されている。
チュニジアの動きは、いまエジプトに波及し、現政権ムバラク打倒のデモが起こっている。
中東の衛星TV局、アルジャジーラは、パレスチナがイスラエルに大幅譲歩した秘密文書を公開して、いま大混乱といったところだ。これもウィキリークスの余波といっていいだろう。
ウィキリークス的な動きは、確実に世界に影響を広げている。アサンジを取材した野口修司(ジャーナリスト)は、アサンジの狙いは、富、政治権力を握る一部の者たちの不正行為を明らかにし、少しは増しな社会にしようというものだ、と語っている(朝日ニュースター「ニュースの深層」1月25日)。
23日にウィキリークスに顧客情報をリークしたスイスの金融機関「ジュリアス・ベア」の元幹部ルドルフ・エルマーが銀行秘密法違反の容疑で逮捕された。彼は英領ケイマン諸島オフィスの元責任者だった。そこで世界の金持ちたちの脱税の手伝いをしていたわけだ。彼はそうした口座情報をディスク2枚に落としてウィキリークスに渡した。それは富める者はなお富み、貧しい者はなお貧しいといった世界に嫌気をさしたからだろう。問われなければならないのは薄汚く金を貯め込む大金持ちたちではないのか。
こうした怒りは世界に渦巻いている。告発はなくならない。
2011年1月23日
日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
日曜日恒例の新聞書評欄紹介。朝毎読日経産経地方紙の6紙の中から。
読売――
宮内勝典『魔王の愛』(新潮社、2000円)、評者・今福龍太。探究する作家、行動する作家、そんな冠を付けるにふさわしい宮内勝典の最新作である。「9.11が露呈させた世界秩序の末期的な崩壊感覚、その後の戦争と暴力の日常的蔓延。前作『焼身』以来、宮内勝典はこの出来事と状況に徹底してこだわり続ける」。評者の紹介するように『焼身』では、ベトナム戦争の最中、抗議の焼身自殺をとげたベトナム僧侶を追ったものであった。暴力に対する対抗暴力、その連鎖はとどまることなく続くのだろうか。それを押しとどめるものはないのかもしれない。暗澹たる世界の前で佇むのだが、一縷の望みをかけて光らしきものを求める姿、そんな印象をうける。新著は、ガンディーを追っている。「現代における「暴力」の意味を究極的に問い直すため、断食と絶対的禁欲の実践をもって政治的「非暴力」の思想を貫いた唯一無二の先人ガンディーの生涯を遡ってゆく」。そして評者は「偶像破壊(イコノクラスム)はこの小説家の本能だ」と次いでいる。「きれいごとに堕してしまった非暴力を、切れば血が出る生身の思想として蘇生させようとする情熱」これがこの作家の信条である。評者・今福の短文紹介は密度の高い文章となっており、これはこのままぜひ読んでいただくのがよい。私はこの本をさっそく読むことにしたい。
ジャック・アタリ『国家債務危機』(作品社、2200円)、評者・山内昌之。いま日本が直面している問題である。900兆の債務を抱えている日本、これは突出している。子孫に巨額な借金を負わせながら私たちは生きているわけだ。しかし、欧米各国も大なり小なり同じような状況にある。評者も紹介するように、日本の公的債務は国内でおおかた保有しているといって、安心してはいられない事態がもう間近にきている。2010年にGDP比204%の公的債務は、2020年には300%になる。国内貯蓄では弁済できないほどの額にふくれあがる。「国家破綻」はよそ事ではなく現実化してきている。著者は、フランスのサルコジ大統領から財政再建策の提言を求められ、提出している人物である。日本は、まず冷静に債務解決の処方箋を書き、治療するべきときにある。その参考書となる本である。
読売新聞社会部著『親はしらない ネットの闇に吸い込まれる子どもたち』(中央公論新社、1500円)、評者・河合香織。「本書は、携帯電話を媒介として子どもが犯罪に巻き込まれ、ときには加害者になっていく様子をレポートしたもの」(評者)。家出して、携帯で知り合った男の家を転々としてきた少女、ときに軟禁され、ナイフで傷つけられ、それでも家に帰るよりましだという。AKB48のライブのために下着を売る。学校裏サイトを運営して、恐喝する。ドラッグを買う。ホントウの話が数多く集められている。大人たちは知りたくない、見たくない話かもしれない。しかし、子どもたちは孤立し、不安定に吊されているような状態にあり、だれも手を差し伸べていない現実。こんな社会にしているのは私たちである。
日経――
橘木俊詔『無縁社会の正体 血縁・地縁・社縁はいかに崩壊したか』(PHP研究所、1300円)。10行短評である。著者には岩波新書『格差社会』(2006年)『日本の教育格差』(2010年)など多数の著書がある経済学者だ。戦後の高度経済成長は暮らしを変え、人々のつながりを希薄にした。現在みられる高齢単身者の増加や結婚・離婚などに焦点を当てて、無縁社会の現状、対策が書かれている。この「無縁社会」という言葉は、NHKが番組制作のなかで広めたものだ。単身世帯の増加、人との関係が希薄になり、孤立化している社会。このことは前記の『親はしらない』にもつながる日本社会の現実である。
毎日――
藤森克彦『単身急増社会の衝撃』(日本経済新聞出版社、2310円)、評者・中村達夫。はっきりいって「衝撃」慣れしてしまっている。ホントウにそれ「衝撃」ですかという気持ちで読んでみた。評者は冒頭で「読み進むにつれ、ひしひしと衝撃の意味が伝わってくる」と書いている。ホンモノかもしれない。近未来2030年には単身世帯が増え、50代、60代の男の4人に1人は一人暮らしになるという。この原因は生涯未婚率、男性29%、女性23%という数字があるからだ。そのうえ非正規労働者が増えている。非正規の生涯賃金は正規の3分の1から4分の1といわれている。これでは結婚できない。その結果、高齢未婚者が増える。労働環境整備、高齢者対策、同時に医療介護をどうするかなど問題は山積みである。こうした現実を改善するための施策と同時に税負担と社会保障のあり方を抜本的に再考し、実践すべきときである。
大田昌秀『こんな沖縄に誰がした』(同時代社、1995円)。20行短評。普天間問題は棚晒しにあっている。ずるずるとこのままあの危険な米軍飛行場は居続けとなりそうだ。この問題を忘れないためにも、この本を取り上げたい。元知事だった著者は、普天間基地の歴史的経緯を語り、県内移設を拒否し、グアム移転が最善最短策だと明言している。この声を確認しておきたい。
京都――
吉原かおり写真集『カプセル・アパート』(TAP、3600円)。16行短評。1枚写真が載っている。寝台電車のような1畳半のカプセル個室に住む女性の写真だ。新人女性カメラマンもここに住んでいる。そして住人たちの暮らしを撮影した。上下2段それぞれ個室で、それがいくつか並んでいるようだ。カプセルホテルのアパート版である。今風ドヤにどんな人たちが住んでいるか興味がそそられる。
朝日――
山城むつみ『ドストエフスキー』(講談社、3780円)、評者・奥泉光。著者は大阪外語大ロシア語科出身の文芸評論家である。「文学界」に連載し、途中「群像」に乗り換えて書き継いできたドストエフスキー論を一書にまとめたものだ。ドストエフスキーの小説の秘密に迫る評論である。著者の分析手法を、評者はつぎのように言っているように、私は読んだ。ドストエフスキーの小説が読む者にもたらすものは、人と人の間にある言葉が実はそれぞれにズレがある、その感覚、異和の問題を小説の登場人物を通じて開示している、と。そうした視点を著者に提供したのはミハエル・バフチンの「ドストエフスキー論」にある「ラズノグラーシエ=異和」である。作家は、死の床にある男が自分の人生を振り返って、「自分の人生は満足すべきものだった」と内語させることは容易にできる。しかしドストエフスキーの登場人物は、ニュートラルな立場にある作家にむかって、「違う!」と反発する。そこから作家と登場人物とのながい「対話」が始まってしまう。読者はそうした行くへの分からない話に迷いこむことになる、というわけだ。私は言葉を使うことの困難さに立ち止まることがある。言葉は内在物ではない。人との関係の中で習い覚えた技法のようなものだ。しかし、自分の考えはこの言葉をつかって表出する以外に方法はない。まして他者との会話を考えた場合、言葉には意味の閉域はあるものの意味の濃淡は人によって異なってくる。そんな風に考えている。人間と言葉の関係を根本から問い直す作業と評者がこの評論を紹介しているが、そこにこの作家の強い磁場が形づくられているといえそうだ。
2011年1月16日
日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
日曜日恒例の新聞書評欄紹介。朝毎読日経産経地方紙の6紙の中から。
日経――
トリストラム・スチュアート『世界の食料ムダ捨て事情』(NHK出版、1900円)、無署名短評。フリーガン(freegan)とは、路上に捨てられた食品、賞味期限切れの食品を食べる人たちをさす。サッカーで暴れ回るフーリガン(hooligan)とはちがう。フリーガニズムとは、廃棄食品、その多くはコンビニやスーパーの消費期限切れ食品だが、それを食べることで、過剰な消費生活に抵抗しようという運動である。「先進国では食料の50%が無駄に捨てられるのに、途上国では10億人の人々が栄養不足に苦しんでいる」。今では食料は投機の対象になっており、そのための飢餓が起こる時代にもなってきている。著者は、学生時代からフリーガニズム活動家で、ジャーナリストだ。彼は世界を回って、食料廃棄事情を調査した。その記録が本書である。日本にも来ている。持続可能な社会、それを具体的に考えるならこうした廃棄食品をいかに再利用するかは重要な課題だろう。日本にもフリーガニズムは少しずつだが広がりつつあるようだ。読売でも短評が載っている。
読売――
森達也『A3』(集英社インターナショナル、1995円)、評者・斎藤貴男。オウムの素顔をドキュメンタリーした映画「A」、その続編「A2」があり、この「A3」は麻原彰晃の死刑判決を起点に月刊誌に連載を始めたノンフィクションをまとめたものである。麻原の精神状態は法で裁ける能力を持つのか。異常な行動の数々は詐病とされ、判決は確定する。真相は解明されないままだ。私たちはこの事件を早く葬りたいと思っているのかもしれない。しかし、解明されなければならない多くのことを残したまま、すでに死刑確定が決した者たちを死刑にすれば、ことがすむわけではないだろう。ことは終わっていないと言い続ける著者の勇気は貴重なものといえる。
朝日――
トニー・ジャット『荒廃する世界のなかで―これからの「社会民主主義」を語ろう』(みすず書房、2800円)、評者・姜尚中。以前にもこの欄で扱ったことがある。姜尚中評は、本書の問いが、20世紀の歴史の苦闘から生まれた福祉国家=社会民主主義=ケインズ主義、このコンセンサスがなぜ失われてしまったのか、にあることを示す。右派的保守の「急進的改革」に正当性を与えたのは、オーストリアの反動からと左右両極の全体主義から逃れてきた亡命知識人たち、ハイエクらである。彼らは国家それ自体を解決ではなく問題視し、経済生活から国家を解除する方向へと導く。民営化礼賛による国家の「経済力、指導力の解体」に力を与え、政治においても私たちを消費者の地位に甘んじざるをえなくさせてしまった。「民主主義の赤字状態」、この荒廃から、いかに回復するか。これは今私たちが直面している課題ではないかと思う。
2011年1月15日
コラム「風」いものちから 三室 勇
▼芋の力ではない。妹の力のことである。
古代の日本には女性には霊力が備わっているといった呪術的な信仰があった。
戦前にも兵士が出征するとき、お守りに近親者の髪を懐に忍ばせて行ったという。恋人のしもの毛を護符としてもらい満蒙開拓にでばった青年たちもいただろう。
そういえば柳田国男に『妹の力』があり、宮田登に『ヒメの民俗学』があったが、女性の力、おそるべしを感じさせてくれる本だった。
▼産経新聞朝刊に「朝の詩」という欄がある。短い投稿詩が毎日掲載されている。
今ブームとなっている"クチコミ100万部"と広告されている柴田トヨさん、99歳の詩集『くじけない』は、この欄から生まれたらしい。いまではウィキペディアにも載る知名人となった。産経新聞は彼女のインタビューをのせたり、出版されると何度も記事にしてきた。もともと自費出版の詩集だったが、飛鳥新社が目をつけて、今のブームとなった。
▼小柄なおばあさん、柴田トヨさんは、外出しない日も毎朝お化粧をするという。「化粧」という詩がある。「九十七の今も おつくりをしている/誰かに ほめられたくて」、そんな言葉に女性たちはホロッとくるのかもしれない。
▼認知症が進んだ女性たちは、髪を整え、化粧をしてあげると元気になるという。鏡をみてうきうきした気分になるらしい。こうした「化粧療法」は高齢者施設でも試みられはじめたようだ。それに反して男は、なんにもないといっていい。ただただ女の霊力にすがって生きるしかない。今の時代を変えていくのは「妹の力」だとつくづく思う。
2010年12月26日
2010年の"出版大賞"に値するものは何か:三室 勇
日曜新聞書評欄レビューは年末ということで休み、仮に今年の"出版大賞"というものがあるとして、それに該当するものは何かをとりあげようと思う。
今年は「リーク」情報に揺れた年であった。世界的にはWikiLeaks、日本では海上保安庁ビデオ流出、それと「公安テロ情報」流出事件が話題になった。「公安テロ情報」に関しては発覚から2か月たって、やっと警視庁の桜沢健一警務部参事官が「警察職員が取り扱った蓋然性が高い情報が含まれる」と、渋々ながら認め、「極めて遺憾であり、申し訳なく思う」と謝罪した。
この情報をまるまる本にした『流出「公安テロ情報」全データ』(第三書館)に"出版大賞"を贈りたいと思う。
この本はデータ集であり、読む本ではないと思うが、明らかに「イスラム教徒=テロリスト」といった予断に満ちた決定のもとに捜査が行われ、それが具体的に記録されている。
11月30日の東京新聞朝刊のメディア観望欄で「リークを歓迎する」というコラムではこの「公安テロ情報」を取り上げていた。少し長いが引用しておく。
「文書は140点。この数はイスラム教の聖典コーランの章数と同じである。まずは本物なのか。文書に記された「対象者」に聞くと、事情聴取の日時、内容とも事実だと分かった。本物とみてよい。
文書からは礼拝所を訪れたイスラム教徒を尾行し、深夜まで「任意に」事情聴取し、別件逮捕も当然という警察の無軌道ぶりがうかがえる。
対象者家族の氏名、年齢、通勤通学先、結婚の経緯、給与などの個人情報に加え「通報者と思われたら、子どもまで殺される」と怯える「協力者」の素性まで流出されてしまった。この責任の所在は明らかにされねばならない。」
そうした捜査の背景には偏見と予断があった。(以下引用)
「■イスラム敵視政策
もっと深刻な意味が文書からは読み取れる。それは無知に基づく警察のイスラム圏への敵視政策だ。例えば、57カ国・8組織を擁するイスラム諸国会議機構(OIC)の出身者は、すべて監視対象として扱われている。
テロリストを見分ける着眼点なる項目もある。「礼拝を欠かさず、宗教的行事にまめに参加する」「飲酒はせず、ハラールフード(戒律に従った食品)しか口にしない」「欧米、イスラエルの批判をする」。アラブの街角なら普通のまじめな市民の条件だ。
米ブッシュ前政権の対テロ政策とうり2つにみえる。米国のそれはイスラム圏の怒りを増幅させ、逆に事態を悪化させた。オバマ政権はその後始末に懸命だが、外事警察はまだ誤りに気づいていない。」
警察権力の監視が政治家やメディアの仕事だと思うが、こうした警察の行き過ぎをチェックできていたのか疑問だ。このコラムでは「実態の解明や批判に及び腰だった」言っている。検察のシナリオ捜査が問題となったのと同じように警察の人権を無視した捜査も明らかになった。そうした意味で『流出「公安テロ情報」全データ』の出版は貴重といえよう。この本はアマゾンでは扱っていない。版元ドットコムで近々第3版がでるという。
来年あたりは「ウィキリークス解説本」がどっと出てくるのではないか。楽しみにしたい。
2010年12月21日
メディアウォッチング 情報ツールとしてのtwitter 三室勇
ジャーナリスト・ネットでtwitterをもっとも活用しているのはK.Ishikawa氏であろう。毎朝4時前後からtwitterにニュースを書き込まれている。
当初、私はtwitterをどう使えばいいかわからなかった。ところがWikiLeaks問題がもち上がって、それを追跡したいと思ったときに、WikiLeaks、WikiLeaks JP、ジャーナリストの上杉隆さんなどをフォローするようになった。そこではいち早く関連情報が書き込まれる。その速さに驚かされた。
米国大使館機密公電文書のなかにはさまざまな不正に関する情報がリークされている。たとえば巨大な製薬会社ファイザー社がアフリカのナイジェリアで流行していた髄膜炎治療を目的に行った抗生物質の臨床試験で、子どもたちが亡くなっている。それも両親に許可なく行ったという。訴訟が起こり、高額の賠償金が請求された。ところがファイザーはナイジェリア政府にうまく取り入って賠償額を半額に値切って、訴訟をうやむやにしてしまった。この話は日本のメディアでは報道されず、韓国のハンギョレが取り上げていた。
WikiLeaksが曝露した情報のなかには、人権に関する情報など探ればいろいろ出てくるはずである。イギリス紙ガーディアンはWikiLeaks情報を丹念に伝えている新聞である。WikiLeaksに関して各界の人たちからコメントを集めている。プリンストン大学で哲学・倫理学を講じているピーター・シンガーは、この米公文書の公開は閉ざされた外交から開かれた外交へ動かす希望としようと、書いていた。なぜ外交は市民に隠されてすすめられるのか。それを容認しないことは公正な市民社会をつくるうえで重要なことでないのか。
今日もtwitterから流れ出す情報に目を通しているとYouTubeにRap Newsという風刺ビデオが出ている話が話題になっていた。ニュースキャスター風の掛け合いで、「目の前の脅威って、WikiLeaksなのか? それとも、脅威は国家の反応なのか? ......言論の自由を切り刻んで、針を昔に戻そうとしている」。アメリカの反応は異常である。情報テロリストと呼び、読むなと強制している。オバマのアメリカはブッシュのアメリカとかわらないことがわかった。
2010年12月12日
日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
スウェーデンTVが制作した「WikiRebels (ウィキリークスの反逆)」というドキュメンタリー番組が評判になっている。57分のドキュメンタリーでWikiLeaksのジュリアン・アサンジをはじめメンバーたちが語っている。WikiLeaksの発端からメンバーだったダニエルがアサンジと別れて新たにOpenLeaksを立ち上げようとするまでの話が語られる。このドキュメンタリーのなかで米軍ヘリのイラク市民に向けた銃撃場面がある。それは傷ついた子どもたちをワゴン車で運び出そうとした人びとが映し出されており、その後、車もろとも爆撃し、そこにいた人たちすべてを殺戮する信じられない場面がある。映像はそのあと、子どもを殺された母親のインタビューを撮っており、母親の深い怒りの顔が忘れられない。ぜひこのドキュメンタリーに日本語字幕をつけて欲しいと思う。これはYoutubeにも出ている。
日曜日恒例の新聞書評欄紹介。朝毎読日経産経地方紙の6紙の中から。
日経――
トニー・ジャット『荒廃する世界のなかで―これからの「社会民主主義」を語ろう』(みすず書房、2800円)、評者・宇野重規。著者は今年亡くなったイギリスの歴史家。『ヨーロッパ戦後史』などの著者がある。難病の床で若者たちに向けて書かれた遺言的な著作だという。新自由主義、市場原理主義を容赦なく批判し、しかし、第二次大戦後の荒廃のなかから生まれた福祉国家像が、今度は福祉が当たり前になった世代から新自由主義を迎え入れる動きが出たことを考察する。そして最後に選ぶべきは社会民主主義だと語る。その理念は形骸化してきているが、しかし、社会主義と民主主義の妥協である社会民主主義を新たな物語として語り出そうと呼びかける。そこにしか未来はないのではないか。手垢の付いた社会民主主義をどう再生させるか。こころに響く呼びかけだと思う。「世論を鍛え直し、人々が自らの社会の価値を語る空間を再建すること。次世代に向けたジャットの遺言を、我々は如何に受け止めるべきだろうか」と評者は結んでいる。
毎日は2冊の書評ほかは、2010年、この3冊の特集している。
ポール・ヴェーヌ『私たちの世界が「キリスト教」になったとき』(岩波書店、3675円)、評者・木村凌二。評者はこう紹介する。「本書の主張は衝撃的である。「古代世界のキリスト教化は、コンスタンティヌスというひとりの個人を起爆剤とした革命であり、その動機はひたすら宗教的なものであった」という」。そこには歴史的必然も不可避もなにもない。ひとりの人間の思いのなかで、その後のキリスト教世界がつくられたというわけだ。それもローマ史学の碩学がいうことに驚きがある。ではロシア革命はどうか。レーニンとトロツキーこのふたりの信念が動因となったということか。新しい時代を切り開く人間は確かに明晰な意志をもって現れるということは理解できる。しかし、それは時代精神のくぐもりのなかから確かなベクトルを見つけ出すことができた人物だったはずだ。しかし、面白そうな本である。
植村和秀『昭和の思想』(講談社選書メチエ、1575円)、評者・藤森照信。建築家の評者は、戦前のフランス帰りのリベラリストの建築家が帰国すると、国粋主義者に変貌する。それはなぜかと疑問に思っていたという。そういえば西田幾多郎ら京都学派もそうだ。その流をつくったのが海軍省調査部にいた高木惣吉だったという話で始まる。昭和十年代、陸軍の総力戦路線に対抗する新しい海軍の世界観を必要としていた。高木は西田を訪ねる。その新しい世界観を西田に委ねようと考える。西田には並の哲学者にないアブナイ魅力があったのだという。その魅力に引きつけられ群がる若い京都の俊才たちが出てくる。かれらはこぞって新しい世界観を語り出す。まさに「大東亜共栄圏」であり、「世界史的立場」であり、「近代の超克」である。しかし、高木ら海軍は陸軍の力に及ばない。結局、陸軍の総力戦思想で悲惨な終結を迎えることになるわけだ。ここにも歴史を動かそうとする個人の思いが動因となって、それが世界の動きとなろうとする一面が伺える。
京都――
李清俊『あなたたちの天国』(みすず書房、3990円)、評者・藤野豊。朴政権下の1976年に書かれた韓国作家、李清俊の小説である。舞台は1960年代の国立小鹿島(ソロクト)病院である。日本統治時代、ハンセン病強制隔離施設、小鹿島更生園として使われていたところだ。ここに新しい院長が赴任してくるところから話が始まる。軍服を着て拳銃を携える院長は、この病院を「患者らしい患者にとってのみ天国たりうる天国、患者としての不幸をすすんで受け容れる諦念があってこそ初めて天国たりうる天国」にしようと語る。「幸せな収容所」といったこの施設と入院者たちはどうたたかうのか。朴政権下の時代を感じさせる小説である。
2010年12月11日
コラム「風」WikiLeaksは嵐の前ぶれか 三室 勇
▼9日の英国紙「ガーディアン」電子版サイトに"ロシアはジュリアン・アサンジにノーベル平和賞を提案"という記事を載せていた。これはメドベージェフ大統領がEU首脳会議に7日に出席したブリュッセルで出た話らしい。WikiLeaksの12月2日の情報公開で、ロシアは汚職とマフィアの国と書かれ、プーチンはバットマン、メドベージェフは脇役のロビンと書かれた。7日のアサンジ逮捕の知らせを聞いて、アメリカへの当てつけで、アサンジ解放にはノーベル平和賞が必要だと言ったのかもしれない。アメリカとアサンジの関係は、ちょうど中国と民主活動家の劉暁波との関係になるだろうから。
▼アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、日本など政治家、官僚たちは躍起となってWikiLeaks情報を抑え込もうとしている。しかし、ネット世界ではつぎつぎとミラーサイトが生まれ1600を超えている。フランスがWikiLeaksのサーバー閉鎖の動きをみせると、フランス紙「リベラシオン」がミラーサイトを立ち上げたと宣言するというふうに。25万通のアメリカ大使館からの機密公電文書は今後も小出しに出続けるに違いない。
▼経済関連の記事の中にはオーバーに"WikiLeaks発世界恐慌"といった記事もみられる。アサンジ情報の中にバンク・オブ・アメリカに関する5ギガの機密情報があり、それが公開されると、金融機関が大混乱するということらしい。日経新聞web版(9日)は、米フォーブス誌(11月29日)のアサンジ・インタビュー記事を全文翻訳している。ここで大使館情報はほんの一部であり、企業リーク情報が大量にあり、その手始めに米国大手銀行の告発情報を出すといった話をしている。
▼米フォーブス誌のインタビューの中で、これまでの銀行告発情報としてアイスランドのカウプシング銀行やスイスのプライベートバンク、ジュリアス・ベアの話がある。大企業、大富豪の信用調査内容があからさまに記述されているとか、タックスヘブンのケイマン諸島に資産隠しをしている資産家情報の曝露など、企業、資産家を震え上がらせる内容が語られている。
▼忘れてならないのは、WikiLeaksは内部告発者によって維持されている。創始者アサンジは、それを安全にばらまく仕事をしている。内部告発者の身に危険が及ばないことを保証しているからこそ、情報はリークされる。いうなれば、リークしたいができない人たちが多くいたということだ。海上保安庁のビデオ流出にしても、流出された当事者の個人の考え方と社会規範がズレを起こしていることはわかる。今の時代の基盤となる規範が実はダブルスタンダードになっていることを、私たちは感じている。パワーエリートは上手に使いこなし、世渡りしている。それに対する齟齬を一連の告発は語っているようにも思える。
2010年11月28日
日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
日曜日恒例の新聞書評欄紹介。朝毎読日経産経地方紙の6紙の中から。
日経――
李成日『中国の朝鮮半島政策』(慶応義塾大学出版会、4200円)。評者名がない短評である。本書では、92年の中国と韓国の国交樹立までが扱われている。冷戦時代、中国と北朝鮮の関係は「血で固めた友好」と呼ばれ、韓国は敵国と位置づけられていた。しかし、冷戦末期の80年代に入って徐々に修正が行われるようになる。そして国交樹立へ。その過程を丹念に追った力作と評している。その間、北朝鮮は受動的対応しかできなかったという。北朝鮮の「核開発」着手は、この流れが大きく作用しているようだ。そして北朝鮮の指導者の世代交代を迎えて、中朝間ではふたたび「血で固めた友好」が強調されたという。米中と中朝・中韓関係の今後を考える上で、90年代までの歴史を辿ることも必要となろう。
ジャスティン・フォックス『合理的市場という神話』(東洋経済新報社、3200円)、評者・奥村洋彦。経済担当ジャーナリストの書いた本書は、「生きたドラマ仕立ての経済学説史」だと評者は紹介する。少し前、「市場万能主義」といった考え方が横行していた。株価、金利に代表される金融取引の市場でも、合理的な経済主体によって決定されるといった考え方が大きな勢力を占めていた。なぜこうした市場神聖視ともいえる考え方が蔓延したのか。いまそのツケを払わされている経済危機の時代にあって、この神話の意味を問い、経済がもともと持っている不確実性にあらためて気づくことも重要であろう。
毎日――
岩村充『貨幣進化論――「成長なき時代」の通貨システム』(新潮選書、1365円)、評者・松原隆一郎。貨幣の歴史をたどった本はこれまでにもいくつかある。本書の特徴は副題に示されている「成長なき時代」の通貨システムの問題である。戦後のブレトンウッズ体制(金に裏付けられた固定相場制)ではドルを世界の基軸通貨として、ドルと金はいつでも交換できる体制が整えられたが、1971年のニクソン・ショックによるドル・金交換停止により、ブレトンウッズ体制は崩壊し、変動相場制へと移行し、現在に至っている。では現在の通貨システムは何によって維持されてきたのか。ここが本書の核になるところだ。それは「政府への信頼」と経済環境だという。前者は徴税と財政支出のバランスである。ギリシャの危機は、放漫な財政支出が招いたものである。後者は「成長とインフレ」だと著者は見立てる。物財は時間経過とともに劣化し価値は低下する。しかし、貨幣は利子により増加する。その間の負のリスクを埋めるために成長が促される。人口増(需要増加)と技術革新である。この現象自体長い歴史のなかでみると19世紀以降の出来事に過ぎないのだが、先進国では成長要因がいずれも失われつつある。日本にみられる人口減とデフレは先進国の中でも先端的である。こうした時代にどのような通貨システムが可能か。ケインズは「時の経過とともに目減りする通貨」を提案したという。この考え方は当時、空想視されたが、現在可能になったのでは、と本書結末で示唆しているという。
朝日――
黒岩比佐子『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社、2520円)、評者・中島岳志。堺利彦は大逆事件に連座せずに生き延びた。赤旗事件ですでに逮捕されていたからだ。この本は大逆事件後の約10年間を堺らはどう生き延びたかを追ったものだ。その糊口をしのぐ糧に「売文社」の設立がある。今でいう「編集プロダクション」である。手紙から広告文、演説、借金代筆から翻訳までなんでも請け負ったという。「堺にはユーモアという人間的度量があった。苦境を笑いに変え、徹底的に仲間を世話した。著者はそんな堺が掲げた「売文」という語に強い抵抗精神を見いだす」(評者)。この「売文社」精神の系譜はいまどこに見出せるのだろうか。京都新聞でも取り上げている。著者、黒岩比佐子は11月17日に逝去された。52歳である。この本が遺著となった由。
2010年11月14日
日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
日曜日恒例の新聞書評欄紹介。朝毎読日経産経地方紙の6紙の中から。
読売――
渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書、760円)、評者・井上寿一。本書は、長年のフィールドワークから得た知見をもとに書かれたアメリカの姿ということで、付け焼き刃ではない内容ということらしい。もともとアメリカは保守が強い国だ。オバマが保守派に接近すれば、リベラル派からは無党派層が離れる。その結果が中間選挙の結果だと評者は書いている。表題にもあるアメリカ社会の逆説とは何か。自己責任を協調するあまり個人では制御できないストレス社会を生み出す。またグローバル化はアメリカ自身にも負の効果をもたらしているといったことらしい。産経の書評欄でも紹介されている。ここでは米国事情として、選挙が巨大ビジネス化していることや、80年代の小さな政府指向が郊外に検問付きコミュニティを発達させ、5万箇所に達することや、成人100人に1人が収監されている社会では監獄ビジネスも盛況とのことだ。報道ではみえないアメリカ社会を描き出している本のようだ。
朝日――
ゴードン・S・ウッド『ベンジャミン・フランクリンがアメリカ人になる』(慶應義塾大学出版会、3780円)、評者・久保文明。米100ドル紙幣に描かれている人物が、アメリカ人になるとはどういうことか。彼はイギリスからの移民の子で印刷所の植字工として働いたり、印刷所を経営したりして、のちに公職につくわけだが、また避雷針、効率のよいストーブ、ロッキングチェアなどの発明家でもあった。彼は実業の世界から離れて、イギリスやフランスで活躍し、イギリスではジェントルマン(支配階級)に上り詰めようと努力するが、結局は拒否される。フランスでは人気があり、アメリカでは人気のなかった彼が19世紀になってからアメリカで英雄視されるようになる。それはアメリカ社会の価値転換が関係している。尊敬される階層が「働かない貴族的な紳士」から「勤勉に働く階層」へと転換した。金のために働くことを軽蔑していた貴族たち、かれらが粉砕されたことで、フランクリンは逆に英雄視されることになったということらしい。
京都新聞――
ドルー・ギルビン・ファウスト『戦死とアメリカ 南北戦争62万人の死の意味』(彩流社、3990円)、評者・藤田博司。1861年から65年まで戦われた南北戦争、そこでは62万人の戦死者、民間人5万人の死者をだしたという。同国人同士の殺戮が米国社会に何をもたらしたのか、戦場の「死」をさまざまな角度から検証したのが本書である。アメリカという国がこの経験を契機に国民的統合がなったといわれている。しかし、ここでは白人の統合だったという。黒人を含む統合はさらに1世紀あとになる。この戦争に北軍兵士として参加した作家・ジャーナリストだったアンブローズ・ビアスは、この戦争の体験をいくつもの作品に書いている。
2010年11月 9日
メディアウォッチング 「予防拘束」と情報曝露事件 三室勇
京都では11月5、6日とAPEC財務相会合があった。その前の11月1日朝、滋賀県警は京都・滋賀の3名の「障害者」の居宅を"詐欺の疑い"で家宅捜索し、うち2人を逮捕したという事件が発生した。更にもう1人も任意同行で草津警察署まで連行され、供述調書作成を強要された。
"詐欺容疑"とは、携帯電話を1人の名義で借り、他の2人が使用したというものだ。そんなことはどこでもありうることだ。それを振り込め詐欺の名義貸しのように勝手に仕立て上げて、障害者自立支援法撤廃や反戦・反差別など、いろんな行動にかかわっていた3人を「予防拘束」としか思われないやり方で警察の監視下に置いた。
以前、赤旗が自衛隊の「情報保全隊」が収集した監視団体リストを公表したことがあったが、警察・公安も同様な監視活動を行っており、APECなどがあるとき、見せしめ的に「予防拘束」と思われる挙にでる。このことは許されないことである。
最近、内外でさまざまな情報曝露事件が起こっている。国際的にはWikileaksのイラク戦争の米軍機密文書の公開がある。また、日本では警察が作成したの国際テロの捜査情報がインターネットに流出した事件や尖閣ビデオ流出など、ネット上につぎつぎと秘匿情報が曝露されるといった事態が起こってきている。
Wikileaksの創設者のひとり、ジュリアン・アサジンは権力が情報を秘匿し、公開しないことに対する批判をNHK-TVの番組で語っていたが、権力の情報収集が密室化していることへの危険を訴えていた。
2010年10月31日
日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
日曜日恒例の新聞書評欄紹介。朝毎読日経産経地方紙の6紙の中から。
昨日、大阪市の弁天町市民学習センターで行われた「ヨーロッパ少数民族の差別・迫害との闘いを知る。ルードウィク・ラーハさん(オーストリア)『スィンティ女性三代記』講演会」では、この夏、フランスのサルコジ政権が行った非定住少数民族ロマの人々に対する差別的で違法な国外送還が1つの話題になった。日本では全く知られていないロマ、スィンティといった少数民族に対する差別・迫害が、自由と平等を掲げて闘いとったっとはずのヨーロッパ近代市民社会のただなかで横行していることの意味を考えなければならない。ふりかえれば、ナチの台頭を許したものも同じ根をもつものだ。「自由と平等」は権益のようにして多数者によって独占されるということなのだ。経済恐慌などで社会的不安が醸成されると、多数者の不安感情は少数者への排外的感情へと転化する。日本にもその兆しがみえてきていないか。
毎日――
田中伸尚『大逆事件――死と生の群像』(岩波書店、2835円)、評者・田中優子。評者は、国家が外に向かって拡大していくとき、必ず内に向かって強い力で弾圧する、この構図は近代国家の宿命だという。100年前に起こった大逆事件もその構図にぴたりと当てはまるということなのだろう。本書を読んで3つのことがわかってきたと評者は言う。1つは国家にとって不都合な人たちを、なにもつながりがなくバラバラに、それぞれが生きているにもかかわらず、任意の団体のようにして一網打尽にして死刑にしてしまう。2つめは、証拠捏造が行われる。これは昔も今も日本の検察の得意芸でもあるから、なおさらこわい。3つめは、「逆徒」というレッテルが貼られることだ。それによって人々の口ふさぎをし、タブー化する。その不当性を再調査をしたくても、それを語りたがらない風潮をつくる。もう1つ評者は重要な指摘をしている。マスメディアの自己規制である。当時からマスメディアは真実などより、権力のイヌ化しているわけである。
小林秀明『クーデターとタイ政治』(ゆまに書房、1890円)、柴田直治『バンコク燃ゆ』(めこん、2625円)、評者・白石隆。タイはここ数年、赤シャツ(元首相タクシン派)と黄色シャツ(反タクシン派)のデモや座り込みが報じられ、この動きがなにを物語るのか知りたいと思っていた。前著は駐在大使の書いたもの、後者はタイに詳しい朝日新聞の特派員が書いたものである。混乱の背景に「偉大な王の御代がおわりつつある、そういう「国父を失う不安」が危機の大きな文脈を構成している」(後書)といった見方があるようだ。王室のメンバーはこの2つの勢力とそれぞれ関係をもっているようだ。タイ社会を理解する手立てになる本のようだ。
朝日――
梅棹忠夫『梅棹忠夫 語る』(日経プレミアシリーズ、893円)、評者・横尾忠則。今年亡くなった梅棹忠夫の語りおろしである。聞き手は民博名誉教授の小山修三。評者は「現在の日本人に対する遺言に聞こえる」と書いている。冒頭から日本のインテリ批判がでる。自分は知識人だと一段高くおいて、町人や民衆をバカにしている。昔のサムライと同じだとこき下ろす。他人の本を読んで、その亜流を書くことで偉そうにしている。どこにも独創性といったものがない。確かにいわれればそうかもしれない。実地に体験したことから考え、紡ぎ出す思想、これこそが彼がしてきた仕事なのだ。いうなれば学者らしからぬ学者だから、じつは本物なのかもしれない。
日経エンタテインメント編『日経エンタテインメント! K-POP★GIRLS』(日経BP社、980円)、評者・速水健朗。韓国は1997年の通貨危機以降、戦略的文化輸出に力をいれるようになった。その1つの現れがK-POPである。BoA、東方神起がさきがけとなり、いま新たに「少女時代」「KARA」などがJ-POPをしのぐ人気を得て、日本の若者たちに受け入れられている。書評見出しに「国家戦略としてのアイドル」とあるが、これら少女グループなどは、10歳ころにスカウトし、7年とかの年月、ダンスと歌の特訓をして、POPミュージックシーンに登場してくる。そうしたやり方は日本のジャニーズ事務所などのやり方を、それなりに学んだものかもしれない。韓国のエンターテインメント業界を引っ張っているSMエンターテインメントからはこうした多くのタレントが輩出している。2009年にデビューした「f(x)」は5人組の少女グループだが、メンバー構成をみると、韓国生まれ2人、韓国系アメリカ人、台湾系アメリカ人、中国人と多国籍グループとなっており、市場を東アジアからアメリカ市場まで見越した広域に捉えていることがわかる。新しいこのK-POPの動きはyoutubeでみることができる。
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