'."\n" ?> 島村初吉の「ブログ」:コラム「風」「知行合一」と宮本常一:嶋村初吉
島村初吉の「ブログ」

2010年12月25日

コラム「風」「知行合一」と宮本常一:嶋村初吉


  作家、司馬遼太郎の「司馬史観」が巷間で云々されている。司馬が称える明治の精神は、日本の近代化の布石が築かれた輝く時代である。NHKで放映されている「坂の上の雲」で描かれる、世界最強の海軍・バルチック艦隊を撃破した日露海戦(対馬沖海戦)は、日本の存在感を世界にアピールした画期となった。しかし、その戦勝を誇るおごりから、アジア侵略の牙が研がれていったことは否定できない。明治はそれほど称えられ、後世の日本人が学ぶべき対象なのか。論点は、そのようなところにある。


時代の転換期、混迷期には、歴史を振り返り、そこから生きた教訓を学びとることは大切である。いま、そのようなときであろう。政権交代が実現したが、民主政権はどういった政策を打ち出してきたか。それは国民の期待にかなったもので、いい方向に生活を変えてきたか。結果は失望感にさいなまれることが多い。菅政権の支持率の低落、地方選挙の結果からも歴然としている。首相の指導力に唖然とさせられることが重なり、鳩山由紀夫氏、それに続く菅直人氏は首相の器か、ささやかれる状況である。

▼民主政権はマニュフェストにこだわるあまり、国の方向性を示し得ていない。日本をどのような国にしたいのか。高所大所の視点が、現政権からはつかめない。いうならば、国民の信頼を得るに足る「知行合一」の精神が欠如しているということである。


▼宮本常一に、ぜひ学んでもらいたいものだ。周防大島(山口県)出身の宮本は渋沢栄一の孫、敬三にスカウトされた民俗学者である。長い間、全国の農山村、漁村を調査して回った「旅する巨人」ともいわれる。ただ、調査しただけではない、行く先々で、土地のためになる話を伝えていった。以前、学校の教師を勤め、農業指導員もしていた関係で、市民目線に立った指導が身についていた。一度訪ねた土地に再三、足を運んで指導した。彼の周辺には、篤農家や地域づくりに目覚めた人たちが集まり、その成果として、特産品ができたり、伝承・伝統文化が復活したりした。


▼何が、彼をそこまで突き動かしたのか。「知行合一」の思想といわれる。宮本は貧しい現実を知ったが故に、その改善に向かって行動を起こした。敗戦後、欧米化が進む中で、日本の伝統文化が軽視され、切り捨てられていった。すべて切り捨ててよいものか。宮本の残した膨大なフィルム、書き残した原稿からは、そのような叫びが聞き取れる。


▼宮本の言葉に説得力があるのは、現場を踏んだ、足でかせいだ成果に立脚しているからだ。宮本も調査によく訪れた国境の島、対馬の友人の話は説得力があった。司馬の『街道をゆく』に「壱岐・対馬の道」がある。対馬の歴史、文化を全国に紹介した彼の貢献度は大きいと思い、友人にその話を伝えたところ、あっさり否定された。「司馬遼太郎は歩いてないものね。仲間とマイクロバスに乗って、解説者として郷土史家をはりつけた大名行列のようなことをしている。それに比べ、宮本常一先生は、米を担いで島内を隅々まで歩き回り、土地の人に難解な古文書まで読んでくれた。宮本先生は島の恩人。司馬は馴染みが薄い」。そのような話だった。


▼全国の離島を歩いた彼は、豊かな本土とは異なる生活の不便さ、困窮さを知って立ち上がる。離島振興法の成立に奔走した。念願の立法化に際して、宮本は苦言をさした。「離島振興法ができたから島がよくなるのではない。島をよくしようとするとき離島振興法が生きてくる」と。この法を生かすも殺すも、島の人たちの志である。法に胡坐をかいてはいけない。それをどう使いこなすかだと、と宮本はいいたかったのである。


     宮本は、度々招かれて地方の農業指導にも出かけた。しかし、彼の話を聞く姿勢をもたない人がいると、叱り、ときには話を投げ出した。激しい怒りだったという。裏返していえば、それほど、土地のことを気に掛け、心配していたということである。


     宮本を尊敬していたのが、司馬遼太郎であり、司馬の書き物には、宮本の文章が、形を変えて生かされていると聞く。別の言葉でいえば、「司馬が一番恐れていたのが、宮本であった」。司馬も小説を書くため、膨大な資料を読み、さらには現場にも出かけた。40代に、そのすべての心血を注いだという歴史小説『竜馬がゆく』は、その代表といえる。しかし、司馬は宮本の現場主義に、恐れを抱いた。それほど、宮本は全国各地を隈なく歩いた人だった。


     ふと、思うのは「知行合一」の宮本常一を育てた父親の存在である。家は、祖父の時代に善根宿をやり、父親は海外移民を経験した。父親は、家を離れる常一にこういった。「これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ」


     宮本の父親は、時代を先取りした精神の持ち主に思える。次世代に何を残し、伝えていくか。目先の利害ではなく、子供たちが大人になって喜んでくれることを、大人たちは先取りしてやっているか。そのような警鐘が聞こえてくる。


     翻って、沖縄の基地問題で、沖縄県庁を訪ねた菅首相は、仲井真弘多知事にこういった。「琉球王国が薩摩藩に支配され、明治維新後は日本政府に解体されて沖縄県となった。この夏の読書で理解した」。なんとも、間の抜けた話である。沖縄の歴史、基地を抱える現状を踏まえたうえで、どういった将来展望を示し、沖縄県民の期待に応えるか。それを示すことができない菅首相は沖縄に行く資格がない。県民の失望を買うだけである。事実、そうなった。


     「仮免許を終えた」菅首相が一皮むけることができるか。その前に、首相の座を引きずり落とされてしまうのか。これからも、混迷の政界を見つめていきたいが、スケールのある政治家がいなくなったことが実感される。「知行合一」の政治家を待望する、昨今である。


 


 

2010年12月25日 00:45

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コメント(3)

鶴崎高校で同級だったものです。理系だったのに福岡で司法書士をしています。
さつまいもの本を読んでいたらさつまいもが対馬から朝鮮に渡ったという記述で嶋村君の名前があり(朝鮮通信使の研究しているんだね)なつかしく思いました。

 2010年12月1日(水)駐大阪韓国総領事館
主催歴史講演会「東アジアの中の日本と韓国」で 仲尾宏 京都造形大学客員教授からも
それとなく「司馬観」の話題が語られました。

 2010年12月1日(水)駐大阪韓国総領事館
主催歴史講演会「東アジアの中の日本と韓国」で 仲尾宏 京都造形芸術大学客員教授からも
それとなく「司馬観」の話題が語られました。

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